桜の花びらのむこうの青
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彼との出会いは、丁度今から三年前の春。


当時、国内ゼネコン企業の中でも三本の指に入る速水建設に入社して五年目、二十七歳の私、森村 帆香(もりむら ほのか)は、新社長秘書に大抜擢されたばかりだった。


誰も私がこんなにも早く社長秘書というポジションを任命されるなんて思いもしなかった。もちろん私自身ですら。

必死に仕事をこなしてきた五年間。

雨の日も風の日も、少々体調が悪い日だって、肩までの髪を後ろにきゅっときつめに束ね、誰よりも早く出勤し、どの役員の予定も頭に叩き込んで、自分の仕事以上の仕事までこなせるよう努めてきた。

そんな仕事ぶりが新社長、速水 卓(はやみ すぐる)の目に留り、白羽の矢が立ったというわけだ。

プレッシャーはあるけれど、それ以上に期待に応えたいという私の昔からの気質が疼いている。



今日は、新社長の秘書になって記念すべき一発目の大きな仕事が入っていた。

初っぱなから失敗なんてできない。

十時に東栄出版社のビジネス誌用に速水社長が取材を受ける予定になっていて、朝からその準備に奔走している。

それなのに、だ。

普段、ローヒールしか履かない一六五㎝もある長身の私が、今日は社長秘書として少々格好つけようとハイヒールを新調したのが災いした。


いわゆる踵が靴ずれを起こしてしまい、バンドエイドを何重にも貼ったものの、痛みが治まることはない。

直きエレベーターで上がって来る出版社ご一行様を、その痛みを堪えて秘書室の前で待つしかなかった。


立っているだけでもジンジンと踵に痛みが脈打ち、額にはじんわり冷や汗がにじんでいた。

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