ママの手料理 Ⅲ
後ろでは残りのメンバーが脱出方法を模索している様で、抑えた声が絶え間なく聞こえてくる。


紫苑ちゃんの目が、俺の後ろを見た。


そこに居るのは、彼女の3つ目となる家族で。


「大丈夫だから、俺を信じて」


無理矢理に笑顔を作ると、


「…分かった、」


決心のついた表情で紫苑ちゃんは頷き、俺の手を離した。



彼女はそろりそろりとテーブルの方へ歩みを進め、膝立ちになってテーブルの裏を覗き込む。


「本当にごめんね、こんな事になっちゃって」


(ん?)


紫苑ちゃんの様子を見つめていた俺は、不意に頭上から落ちてきた謝罪の言葉を聞いて上を見上げた。


鼻と鼻が触れ合いそうな程の至近距離で俺を見下ろしていたのは、俺達の自慢のリーダー。


「ごめんね、」


いつもは憎たらしい仁と同様で笑顔を絶やさないのに、今回の彼の顔はぐにゃりと歪んでいて。


「…何言ってんの、謝んないでよ!」


誰もが“死”の恐怖と闘っている今、この空気を変えられるのは俺しかいない。


「盗みが終わったら、美味しいって有名なパンケーキ屋さん行きたいから奢ってね?あと、結婚式も出ないといけないし」


だから、ひひっ、と笑って彼の背中をバシンと叩くと。


「…分かった。メンバー全員分奢るよ」


瞳を潤ませた彼は、何も無かったかのように取り繕っていつもの笑顔を浮かべた。
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