契約夫婦を解消したはずなのに、凄腕パイロットは私を捕らえて離さない
「そんなに見ても、すぐにはできないぞ?」

「わかってるよ。ただ、料理をする兄さんを見ていたいだけ」

 少しだけ泣きそうな声で話す篤から、すべてを察する。

 亡くなった祖父が始めたホテル経営は瞬く間に業績を伸ばしていき、今では国内外に展開している。

 継ぐはずだった父は母とともに事故で他界。その分、当時中学生だった俺に後継者としての重圧が重くのしかかった。

 とくに親族や会社の役員たちからのプレッシャーが大きく、とてもじゃないがパイロットになりたいという夢を打ち明けることができなかった。

 しかし祖父だけは違った。俺に会社を継ぐ以外の道もあることを示してくれて、そこで俺は初めて自分の夢を伝えることができたんだ。

 人生は一度きり。だから祖父もホテル経営に乗り出した。結果はどうであれ、後悔しない生き方をするべきだと背中を押してくれて、親族や役員から俺を守ってくれた。

 祖父だけじゃない、俺がパイロットになりたいという夢を知っていた篤は、早くから後継者になると決断し、勉強を始めた。だから俺に安心して夢を叶えてほしいと言ってくれた。
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