年下カレが眼鏡を外す時

(……あれ?)

 その時、壮真君の体に違和感を覚えた。何だか堅苦しいというか……どこか具合が悪いのかな? 私がカレを見上げるけれど、表情はいつもと変わらない。

(気のせいかな?)

 私は首を傾げながら、カレにエスコートされるまま向かう。たどり着いたのは裏路地にある隠れ家的なイタリアン。壮真君は予約をしてくれていたので、私たちは奥の個室に通された。コース料理で予約をしてくれていたみたいで、その料理とおすすめのワインを頼んで、私たちは食事を楽しんだ。そう、普通に。

(……期待しているつもりはなかったんだけど……やっぱりちょっと拍子抜けというか)

 ドルチェを食べ終わっても、『そんな雰囲気』になる気配は微塵もなかった。もしかしたら、ずっと一緒にいたいと思っているのは私だけなのかもしれない。そんなネガティブな考えが現れて消えて、現れては消えて。壮真君の顔を見ながら私の頭の中はそんな事の繰り返し。私は「お手洗いに」と言って、席を外すことにした。折角の楽しいデートなのに! ちゃんと楽しまないと! 勝手に期待して勝手に落胆するなんて、せっかく予約してくれた壮真君にもとても失礼! 私は冷たい水で手を洗ってから、頬をペシペシと少し強めに叩く。背筋を伸ばして、ちゃんと笑顔を作って席に戻る。戻ったら「美味しかったね」と言わないと――。

「え……?」

 テーブルにあったはずのお皿は片づけられていて、その代わりに華やかなフラワーアレンジメントが置いてある。壮真君に「どうしたの?」と聞こうとしたら、カレが固まっていた。

「……壮真君?」

 私がカレを覗き込むと、壮真君はびくりと震えた。私の頭には、ある考えがよぎる。カレの緊張が私にも移ってしまい、ぎこちなく正面の椅子に座った。

「っ亜美さん」
「はいっ!」

 変に上擦っている壮真君の声に引っ張られて、私の声も妙に甲高くなる。

「前にも言ったけれど……僕の仕事は不定期で、負けが込めば対局も少なくなるし、ランクが下がれば給料だって減るし、引退に迫られることもある。普段だって、将棋の事ばっかりでろくに家事だって覚束ないかもしれない」

 壮真君は、どこからか紺色の箱を取り出した。両側からパカッと開き、中にはキラキラと光る――。

「それでも良ければ、僕の奥さんになってくれませんか?」

 箱を差し出すカレの手が小刻みに震えている。一生懸命に紡がれた言葉のすべてに愛しさを感じてしまう。私は指輪を摘まみ、それをそのまま壮真君に渡した。

「え?」

 壮真君は指輪と私の顔を交互に見比べ、その顔が青ざめていく。もしかして、断られたのではと思っている? そんな訳ないじゃない。私は壮真君に向かって、左手を差し出した。

「……壮真君に付けて欲しい」

 静かにそう告げると、壮真君は深くため息を吐きだした。緊張も驚きも、それと一緒に出ていったみたいで、カレの表情は柔らかいものに変わっていた。私が大好きな笑顔がそこにある。

 壮真君は私の左手を取った。まるで宝物に触れるみたいにそっと、優しく。そして薬指にあの指輪を通していく。それはぴったりと私の指に嵌った。

「私、壮真君にサイズ教えたっけ?」

 そう思ってしまうくらい、ぴったりだった。壮真君はいたずらめいた笑みを浮かべる。

「以前僕の部屋に泊まって、亜美さんが眠ったときにこっそり測ったんです」
「そうだったんだ」
< 17 / 20 >

この作品をシェア

pagetop