大学教授と学生の恋の行方は‥
■プロローグ 宮本教授という人
宮本教授は消化外科の教授。あと5年で定年を迎える60歳だ。
実はこの、宮本教授という人はかなりすごい人でもある。

医学部教授としては異例の40歳で教授に抜擢されたからだ。抜擢された理由の1つが、外科医としての手技がすごかった、ということ。
そしてもう1つが、結構大事なことなのだが、宮本教授の前主任教授に問題があったということ。

前主任教授も長年勤めていたということもあり、悪事にも手を染めていたのだ。業者と癒着をし、お金を手に入れていた。そして、それは准教授も一緒になっていたので、だれも止める人がいなかったと言える。

それが明るみになり、2人は退官。そして、落ちた大学病院のイメージをクリーンなものにするために、抜擢されたのが宮本教授だった。
この業界、年功序列の医局制度があるため、万年教授どまりの人や、万年准教授どまりの人も多い。そんな中で、40歳だった宮本教授が抜擢されたということが、どれだけ凄い事かということがわかる。

しかも彼は、40歳で主任教授になってから、20年間も同じ場所に君臨している。
にもかかわらず、黒い噂は何もないのだ。
医局としては、彼ほど医局の、そして大学病院のイメージアップにつながる人材はいないと思っている。

さらに、宮本教授の場合、人望も厚いため、1人の人物が、ずーっと同じ場所にいても、嫌がらせをしようとか、足を引っ張ろうという考えを持つ人が、極端に少なかったというのもある。

同じ場所で働いているほとんどの人は、宮本教授を尊敬していたし、人としても憧れていた。

そんな宮本教授だが、定年まであと5年。
主任教授としては20年。

そろそろ教授人生の終活を考える時期に入っていると考えている。

定年を迎えれば、さすがに手腕があっても、人望があっても、主任教授でい続けることはできない。次のことを考える時期に入っているというのは、客観的に見てもその通りだろう。

宮本主任教授は善人というイメージはかなり強いものの、そんな彼でも20年も同じ場所に君臨していると、全く欲が出ないわけではない。

彼の考える終活の中には、跡継ぎを育てたいが、その後次には恩を売る形にしておきたいと考えている。さらに、医局に自分の影響力を残しておきたいという思いもあったし、お気に入りの医局員を退官するまでに昇進させたいという思いもあった。

40歳で就任した当初はクリーンであっても、20年権力を持ち続けていると、そういった考えになるのは、人間であれば仕方のない事なのだろう。

ただ、宮本主任教授は前任者とは違い、業者との癒着はしていないし、いわゆる「悪事」には手を染めていないので、まだましな存在であることには違いなかった。

宮本主任教授は、これまで宮本式と呼ばれる手術式を報告したり、宮本製と呼ばれる手術道具も開発してきた過去がある。
こういったことができたのは、大学病院内でも絶大な力を持っていたという証だ。

その手法がどんなに優れていようとも、権力も、人望もなければ、「宮本式」だの、「宮本製」だの言われるようなものができるはずもない。

そんな彼だからこそ、病院法人理事会でも、宮本主任教授が定年退職をしたら、外科主任教授医局の名誉教授として、経営などに口添えができる病院長になってもらおうと考えていた。

つまり、宮本主任教授というのは、それほどすごい人物であるということだ。
ただ、そんなにすごい人物でも、1つだけ、周囲の人が気にしていたことがある。
それは彼が、1度も結婚をしていないということ。

医学だけに邁進していたからなのか、全く女っ気がないのである。だからもしかしたら、女性に興味がないのではと、宮本主任教授をやっかむ人たちが噂を流したこともあったが、そんなのは個人の問題だから、どちらでもいいという風になり、それほどその話は浸透しなかった。
それにそもそも宮本主任教授は、本当にプライベートがあるのかというぐらいに病院にいたので、女性が好きだろうが、男性が好きだろうが、どちらにしても単純に、そういった相手を作る時間がなかったのだろうという話で落ち着いたのだった。
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