大学教授と学生の恋の行方は‥
■第2話 恋は盲目
「おはようございまーす!」

元気な声とともに、主任教授室に順子が入ってくる。宮本主任教授は目を通していた資料から視線を上げて順子を見た。

「おはよう。今日はどんな質問があってきたのかな?」
「この前の講義で教わった個所を復習していたらわからなくなってしまって」
「なるほど。どれ、見せてみなさい」
「はい!」

順子は嬉しそうな表情で、主任教授室の応接用のテーブルの上にノートを広げる。
宮本主任教授は、ゆっくりと立ち上がり、応接用のソファに座ってからノートを見た。

「ここの部分です」
「あぁ、これはね……」

宮本主任教授はよどみなく、すらすらと答える。
順子は宮本主任教授のスマートな回答に聞きほれてしまい、あまり言葉をちゃんとは聞いていなかった。

「大槻君。私の話を聞いていたかい?」
「え!? あ、すみません……今度はちゃんと聞いていますので、もう一回だけお願いします」
「はぁ、大槻君は勉強熱心だが、たまに私の話を聞いていない時があるよな。そこだけは気をつけたまえよ」
「すみません……」

と、謝りながらも、順子は宮本主任教授に叱られることさえ嬉しかった。
順子の母親は、順子への負い目もあったし、順子自身が悪い事をしようとはしなかったため、父親が亡くなってからは一度も順子を叱ったことはない。
だから順子は、叱られることもまた、嬉しい事なのだ。

そうして、順子の楽しい時間が終わると、順子は笑顔で主任教授室を出ていった。
今日は順子のいるクラスの講義はないが、順子が大学に来ている時であれば、こうやって部屋を訪ねてくることも日常茶飯事だ。

だから宮本主任教授も、特に何も感じていなかった。

だが、その日の昼間。
宮本主任教授は、医学生同士が宮本主任教授と順子の話をしているところを偶然聞いてしまう。

「今日も大槻って子が宮本主任教授の部屋に入っていったんだって」
「またかよ。やっぱり、あの噂は本当なのかもな」
「噂って?」
「知らないの? 宮本主任教授と大槻がデキてるって」
「え、マジで!? でも下手したら、爺ちゃんと孫ぐらいの年齢が離れてるだろ」
「ロリコンとファザコン……いや、フケ専なんじゃない? いや、それか女の方は、ただ取り入ろうとしてるだけなのかもしんないけど」
「あー……なるほど」

そんな話を聞いて、宮本主任教授は驚いた。
順子が宮本主任教授に取り入ろうとして近づいてきているようには見えないし、そもそも男女の関係にはなっていない。

順子の真意はともかくとして、現段階では全く事実無根の噂が流れていること。
宮本主任教授は、何とかしないと順子に悪いと思った。

実は、この噂は結構有名な話だ。
宮本主任教授と順子だけが知らなかったと言える。

だから、順子と仲のいい同級生たちも心配していた。
このまま、順子に噂のことを言わずにいた方が良いのかと……。

そして次の日。
何も知らない順子が、また宮本主任教授の部屋を訪ねてきた。

「おはようございまーす! 宮本主任教授、昨日の質問の箇所なんですけど」

順子はいつものようにノートを応接用のテーブルの上に広げる。
だが、宮本主任教授は自分の席に座ったまま立ち上がろうとしなかった。

「あれ? どうしたんですか……? あ、もしかして、今は忙しかったですか!? 私ったら、いつも宮本主任教授が相手をしてくれるから、つい……」
「いや、違うんだ。私もうかつだったのだが、大槻君」

いつもとは違う真剣なまなざしに、順子は直立不動になる。

「はい」
「君はもう、ここへは来ない方が良い」
「え……」
「講義のことで、わからないことがあるなら、教室内で質問してくれ。それで十分なはずだ」
「え、どうして、急にそんな……。私、何か宮本主任教授が嫌がることをしてしまいましたか? あの、だったら言って下さい。私、直しますから! だから、もう来るな、なんて」
「大槻君。違うんだよ。そうじゃない。だが、ここには来ないでほしい。それが君のためなんだ」
「私のため? どういうことなんですか……?」

宮本主任教授は、噂のことを話そうかとも思ったが、自分の口から私たちが恋仲だと思われているようだ、という言葉を言うのはどうかと思い、言葉を飲み込んだ。

「いいから、出ていきなさい」
「宮本主任教授……」

取り付くしまもない宮本主任教授に、順子は胸が締め付けられるような思いになった。
だが、大好きな人の言うことを聞かないわけにもいかない。
順子は、シュンとしたまま、片づけをして主任教授室を出ていった。

それから一週間、順子は腑抜け状態だった。
順子の友だちが心配するほどに。

「順子。元気だしなよ。二週間後は期末テストだし、そろそろ本腰入れて勉強しないとヤバいって」
「……」

順子の友だちは、なぜ宮本主任教授がいきなり順子を突き放したのかの見当はついていた。
おそらくは、あの噂を知ったのだろうと。

「……はぁ、仕方ない。私、宮本主任教授の気持ちがわかるよ」
「え!」

今まで無反応だった順子が顔を上げる。
彼女は、宮本主任教授のことしか頭にないのだ。それを見た友だちは、順子の気持ちが本物だと理解し、全部話すことにしたのだった。
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