叔父一家に家を乗っ取られそうなので、今すぐ結婚したいんです!
「きゃあああああああああああ――――――‼」

 ラルフはハッと顔をあげた。

「オーレリア‼」

 サンプソン家に駆け込むなり、クリスに事情を説明し、サンプソン公爵家の兵を動かしてもらってオーレリアの捜索にあたっていた最中のことだ。

「おい! ラルフ‼」

 悲鳴を聞くなり駆け出して行ったラルフを、捜索隊を指揮していたハンフリーが慌てて止めるけれど、ラルフの足は止まらない。
 大雨と言うほどではなかったが、本降りになった雨で足元はぬかるんでいる。
 泥水を跳ね上げながら声が聞こえたあたりに走って行けば、麦畑の間に、古い小屋のようなものを見つけた。
 ほかにそれらしいものはない。
 ラルフは一目散に小屋までかけて行くと、乱暴にその扉を蹴破った。

「いるか、オーレリア⁉」

 叫んで、ラルフは目を見開いた。
 狭い小屋の中で、オーレリアに男が馬乗りになっている。黒髪をオールバックにした三十半ばほどの男だった。その男の片手はオーレリアの口を塞いでいた。オーレリアのオレンジ色に近い茶色の瞳が、涙で潤んでいる。
 ラルフの頭に、カッと血が上った。

「オーレリアに何をした⁉」

 僅かな距離を一瞬で詰めて、勢いよく男に殴りかかる。
 男はよけようとしたけれど、鍛えていたラルフが一枚上手だった。
 から振るのがわかった瞬間にもう片方の手で逆サイドから狙いを定める。それは見事に男の顎に入って、その体を壁まで吹き飛ばした。

「オーレリア、大丈夫か⁉」

 オーレリアは手足を縛られていた。見れば、オーレリアの奥にロバートも縛り上げられている。急いでオーレリアの手足の縄をほどけば、オーレリアが勢いよく抱きついてきた。
 怖かったのだろう、きゃしゃな体が小刻みに震えている。

「だ、ダメかと思ったあ……」

 オーレリアがわっと泣き出した。
 オーレリアは勇ましいところがあるけれど、中身は年相応の女の子である。男に馬乗りにされて口をふさがれれば怖いに決まっていた。
 バタバタと背後で足音がする。ハンフリーたちが追い付いて来たのだろう。
 ハンフリーが小屋の中に駆け込んできたのを確認すると、ラルフはロバートの猿轡と手足の縄をほどいたあとで、オーレリアを抱えて立ち上がった。
 オーレリアは真っ赤になったが、よほど怖かったのか、降ろしてとは言わない。

「オーレリア、外、雨が降っているけど大丈夫か?」

 誰かが傘を持ってくるのを待っていてもよかったが、オーレリアはほんの数分でもここに痛くないのではないかと思ったのだ。
 オーレリアがこくんと頷くと、ラルフはオーレリアを抱えたまま外に出る。
 少し歩くが、馬車が停めてある。ラルフはまだこのあといろいろ後始末が残っているけれど、オーレリアは先にバベッチ家に返してやりたかった。
 馬車までたどり着いた時には、オーレリアの髪もすっかり濡れてしまっていた。
 座席に降ろしたオーレリアの、額に張り付いている前髪をそっと横に払ってやると、オーレリアが控えめにラルフの袖をきゅっと握りしめる。

「あの男を捕まえてクリス様のところに連れて行ったら、俺も帰るから、先に帰ってろ」
「あの人のほかに、禿げ頭が二人いたよ」
「わかった。小屋の近くにはいなかったが、あの男を問い詰めればどこにいるかわかるだろ」

 大丈夫だと頭を撫でるけれど、オーレリアは袖をつかんだ手を放さない。
 不安なのだろうか。

(無理やり引きはがすのもな……)

 怖い思いをしたばかりのオーレリアのそばから離れたくない。どうしたものかと考えていると、男を縛り上げたハンフリーが、こちらへ歩いてきながら言った。

「いいから一緒に帰ってやれ。報告は俺たちでしておく」

 ラルフはハスクリーの言葉に甘えることにして、オーレリアから聞いた禿頭二人のことを伝えて、彼女と一緒にバベッチ家に帰ることにした。

「怪我はしてないか?」
「うん」

 オーレリアは頷くけれど、袖口から見える彼女の細い手首に縄のあとがある。きつく縛られていたのだろう。痛いはずだ。
 そっとオーレリアの手首を指先で撫でれば、オーレリアがぴくんと細い肩を揺らした。

「血はにじんでないけど……帰ったら、薬を塗って包帯を巻いておこうな?」
「……大げさだよ」

 オーレリアが小さく笑った。
 ラルフはホッと胸をなでおろす。引きつった笑みではない。笑えるのならば大丈夫そうだ。

「あのね、ラルフ」
「うん?」
「……やっぱり、帰って言う」
「そっか?」

 何を言いかけたのかは気になったけれど、誘拐されて疲れているオーレリアから無理に聞き出すようなことでもない。
 指を絡めるようにして手を握ると、オーレリアも握り返してくる。
雨でぬかるんだ道を、ゆっくりと安全走行で進む馬車がバベッチ伯爵家に到着するまで、二人はずっと、手をつないだままだった。
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