閉園間際の恋人たち




私のそんな気持ちをそばで感じ取った蓮君は、今一度ぎゅっと手を握ってくれて。

「琴子さん、まだそうと決まったわけじゃありませんよ。そうですよね?笹森さん」
「そうだよ、琴子。大和君の父親が市原だと決まったわけじゃない」
「それなら、名前は?市原君の名前と大和の名前は、同じ字があるんですか?」

飛びかからん勢いで問い質した私に、笹森さんは「……ああ」と、冷静に、厳粛に頷いた。


「じゃあもうほとんど決まりですよね……」
「例えそうだったとしても、俺達にはわからない事情だってあるはずだ。そうだろう?なぜそういうことになったのか、工藤さんと市原にしか知らないこと、理解できないことがあるはずだ。二人の関係については、俺達は外野でしかないんだから。いくら琴子が彼女と親友だったとしても、工藤さんのすべてを察するなんて不可能だったし、ましてや二人の関係について責任を感じる必要もない。琴子にも俺にも、あの頃二人のためにできることは何もなかった」

笹森さんの言っていることは正論だろう。
私だって頭ではそう思える。
だけど気持ちはどうにも下がれないのだ。
理恵と市原君、二人の間に何があったのだとしても、きっと理恵は尋常ではなく悩んでいたはずだ。
授かった命をどうこうする考えはなかっただろうけど、罪悪感は相当なものだったと思う。
婚約が破談になったばかりの私を間近で見ていながら、自分は婚約者のいる人との間に子供を……なんて、理恵はそれに何とも思わない人間じゃない。
だから絶対に一人でずっと苦しんでいたはずだ。
なのに私は何もしてあげられなかった。
理恵は私が辛いときずっと慰めて励まして、時には一緒に怒ってくれて、私の心に寄り添い続けてくれていたのに……

どす黒い渦が胸に広がりそうになった。
けれど、すぐにそれを制してくれる人がいた。


「琴子さん、何考えてるんですか?」

蓮君は一度私の手を離すと、今度は握り方を変えて触れてきた。
私の指先をまとめて握り、小さく揺らす。
それは、私が大和を言い聞かせるときによくする仕草だった。
しっかり目を合わせてくるところも、まったく同じだ。

「どんな経緯(いきさつ)があったとしても、大和君は生まれてからずっと、今も、お母さんからも琴子さんからも愛されて育ってます。それは一目でわかります。もちろん俺だって、時生や明莉も、それにきっと和倉さんも、大和君のことが大好きです。そうですよね?」
「当り前だろう?大和君は俺にとってもう甥っ子みたいなものだよ」

和倉さんがにっこり微笑んだ。
すると正面の笹森さんも「俺だって、まだ会ったばかりだけど大和君を好きだよ」と告げてくる。

「ほら、こんなに大和君を想う人がたくさんいるんです。大和君は俺達にとって大切な存在なんです。理恵さんや、その相手の人が、万が一過ちを犯していたのだとしても、琴子さんが一番に考えるのはそこじゃない、大和君のことですよね?」

蓮君には、私の胸の渦が見えていたのだろうか。
そう疑りたくなるほど的確に、彼の言葉は私の沈みかけていた心を浮上させてくれたのだ。


――――『琴ちゃん!』

ふいに、あの愛らしい声が聞こえてくるようだった。
今の私にとって一番大切な存在。
その大切な存在を守ること、それが私にとって何よりも重要なのだ。


「そうね………。ありがとう、蓮君」
「北浦君の言う通りだ。琴子は大和君のことだけを考えていればいいんだ」

優しさ一色の蓮君に対し、笹森さんは優しさの中に厳しさを混ぜてきた。

「そうですね、そうします」

二人とも、私を気遣ってくれているのには違いない。
そして和倉さんも。

「琴子ちゃんは優しいから、いろいろ考えちゃうんだろうね。笹森はこうやって琴子ちゃんが落ち込むだろうと思って、なかなか真相を言わなかったんだな」

明るいいつもの調子で空気を温めてくれる。
笹森さんは「それだけが理由じゃない」と首を振るも、和倉さんは話を進めた。

「だがその市原君が本当に大和君の父親なのか、どうやって確かめるつもりなんだ?既婚者なら、ダイレクトに訊くのも難しいだろ」
「それなんだが……」

返事をわずかに浮かせた笹森さんは、それを私に向けた。

「琴子、この件は一旦俺に預けてくれないか?」











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