閉園間際の恋人たち





ふと、何かに導かれるようにして、目が覚めた。

最初に視界に映ったのは、俺が愛してやまない人の、絹のように手触りの心地良いダークブラウンの髪だった。

仕事柄、会う時はほとんどと言っていいほど一まとめにされている髪が、ベッドの上で静かに波打っているなんて、それだけで不覚にも煽られてしまいそうになる。
昨夜あんなにも肌を重ねたばかりだというのに………

俺は朝から抑えが効かなくなる事態だけは避けたくて、まだ夢の住人である彼女を起こさぬよう細心の注意を払いながら、ベッドから抜け出した。


部屋はほどよい暖房に包まれていたが、彼女を見返るとむき出しの肩が冷たそうにも見えて、俺は毛布を引っ張り上げた。
窓の向こうはちょうど夜が明けはじめた頃で、部屋の間接照明がいい具合に彼女を照らしていて、そのデコルテあたりなんかは特に………

………いや、これ以上はやばい。

俺は足元に脱ぎ落されていたバスローブを纏い、寝室を後にした。


昨夜は、ソファの上でキスをはじめてしまったせいで、いつ寝室に移ったのかさえ朧気だ。
琴子さんが眠ってから一人でシャワーを浴びたのは覚えているが、そのあとは片付けをする余裕はなく、琴子さんの隣りに滑り込むと彼女の温もりを抱き込んで深い眠りに落ちてしまった。

ゆえに、大体の想像はついたものの、リビングルームは、寝室にも劣らぬほど昨夜の濃厚な時間の残骸が広がっていた。
彼女をこれ以上求めてしまわぬように避難してきたというのに、ソファまわりに残された彼女の衣服を目にした途端、俺は自分の中にまだ熾火(おきび)が残っていることを痛感してしまった。

自分は、結構淡白な方だと思ってたのにな………

琴子さんの物を拾いながらそんな言い訳めいたことを思っても、彼女への想いが休む暇などないのは事実だからしょうがない。
俺は欲望に火がつかぬようにと、気を逸らすつもりでテラスに続く窓に近付いた。
真冬のこんな時間にバスローブ一枚で外に出るなんてあり得ないが、今まさに白々と夜が明けようとしている景色は、開園前のFANDAKを静かに浮かび上がらせていた。


夜と朝の狭間といっても、FANDAKはもうすでに目覚めているはずだ。
そもそも、FANDAKというおとぎ話の世界は、常に眠ってなどいないのかもしれない。
お客様の来園のため、開園時間、閉園時間を設けているだけで、その中から完全に人がいなくなることはないし、例え表向きは照明が消えて闇夜に包まれていたとしても、必ずどこかで何かしらの作業は行われているのだから。
それはアトラクションの点検だったり、清掃だったり、昨夜のようなリハーサルのために朝4時5時にパフォーマーが集合することもあるし、植栽や美術担当は毎朝夜明けから園内の隅々まで手入れを欠かさない。

そうやって、たくさんの、本当にたくさんの人の手によって、おとぎ話の世界は続いていくのだ。
閉園時間を迎えたあとも、ずっと。



俺はそんな世界の中にいたことを誇らしく思いながら、最後の日となった昨日のことを思い返していた―――――










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