閉園間際の恋人たち




《それで、どうするつもりなの?》

電話の向こうからため息混じりの質問が虚しく耳に届いた。
ここ最近、何度となく投げかけられているほぼ一言一句違わない定型文。
俺はスマホを反対の手に持ち替えながら、無意識に心の切り替えも試みた。
そのおかげかは定かではないが、沸点に到達しかけていた感情はどうにか下降へと導けたようだ。

「……どうするも何も、これまでと変わらずだけど?いつものように、きちんと与えられた仕事を全力でこなしていくだけさ」
《そんな悠長なこと言ってる余裕はないでしょう?あなたもう29なのよ?お父さんとの約束はどうするつもりなの?》

この長セリフはさすがに毎回所々違ってくるけど、それでも内容はほとんど同じだ。
”29” ”父との約束” お決まりの単語の羅列に俺は頭痛がしてきた。

「でもまだ誕生日までは時間があるだろ?」
《そんなこと言ってる間に、すぐ…》

「蓮、いるか?来週のスタリハって……おっと、悪い」

俺の反論に間髪いれずに反論が開始されるも、ちょうど時生(ときお)が部屋に入ってきたので、これ幸いと俺は電話を切り上げる事にする。

「ごめん、ちょっと呼ばれてるからもう切るよ」
《ちょっと、蓮?まだ話は》
「じゃあね」

プツリと、相手の言葉を待たずに通話を終了させた俺に、時生は呆れ半分心配半分というような表情で立っていた。

「またお袋さんか?」
「……まあな」
「いい加減、ちゃんと話し合ってきたらどうだ?もう一年を切ってるんだから」

こいつは俺の色々な事情を知ってるので、こうして気にかけてくるのも仕方ないのだが、俺だって、話し合って解決できる問題ならとっくに片付けてる。
それができないから今みたいにのらりくらりとしたその場しのぎの返事しかできないのだ。

「わかってる。それができたら苦労はしないよ…」

簡易椅子の上で片膝を抱え、顎を乗せる。
このミーティングルームには俺と時生の二人きりなので、思わず本音が裸のまま漏れ出てしまった。
時生は苦笑いを浮かべた。
周りの人間にはクールだとか無口だとか言われてる時生だって、親友の俺の前では普通に笑うし普通に話しもするのだ。

「だが、別に念書を交わしてるわけでもないんだろう?つまりただの口約束だ。なのにそんなに真剣に思い悩むなんて、お前はやっぱりいいとこのお坊ちゃんだな。まっすぐで正直者」
「馬鹿にしてるのか?」
「そんなことないさ」
「…まあ、確かに口約束に過ぎないけどな。でも、やっぱ親を裏切りたくはないじゃないか」
「だったら、本気で目指すしかないな、ブロードウェイを」
「それはそうなんだけど……」
「といっても、お前の場合はそうもいかないか。もし今お前が退社するなんてなったら、会社は大騒ぎだろうからな」

時生は苦笑いに同情を乗せて言う。

「人気があり過ぎるのも考え物だな。自由に身動きがとりにくくなる」

それに何と応じればいいのか、返答に詰まった俺は、乱暴に会話の舵を切るしかなかった。

「それより、スタリハが何だって?」
「ああ、それなんだけど、来週押さえてたスタジオが延長できなくなったから変更してくれって連絡があって。どうする?」
「別に延長なしでいいんじゃないか?流しだけだろ?」
「そうか?じゃ、変更なしで返事しておく」
「ああ、頼むよ」

時生は軽く片手をあげて了解の意を見せると、それ以上長居することもなく、部屋から出ていった。


「ブロードウェイか……」

こぼれ落ちたひとり言は、弱く脆く、あっという間に宙に溶けてなくなってしまうのだった。











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