閉園間際の恋人たち




ファンダックのダンサーであり、大和の憧れの人である北浦さんから電話があったのは、ある平日の夜八時を過ぎた頃だった。
着信相手の名前を見た瞬間、真っ先に浮かんだ感情は、”まさか…” という驚きだった。
連絡先の交換はしたものの、あんなに人気のあるダンサーで、きっと忙しいであろう北浦さんが、わざわざ電話をかけてきてくださるなんて思わなかったのだ。
もちろん彼が誠実な人柄だというのは承知しているし、私の怪我を自分の責任だと感じてらっしゃるのもわかっている。
それでも、もしこちら側からコンタクトを取った際は丁寧に応じてくださる、程度だと認識していたのだ。
そして私は、あの日明莉さんにもお話しした通り、こちらから北浦さんに連絡差し上げるつもりはまったくなかったのだから。

大切なオーディションを控えているという北浦さん。
その北浦さんからこんなにも早く電話がかかってくるなんて、本当に意外だった。
しかも、おとぎ話の王子様のイメージそのままに、紳士的で穏やかで優しい雰囲気を漂わせつつも、決して主導権を手放さず、ともすればやや強引に、私と大和と三人でファンダックに遊びに行く約束を成立させてしまったのである。

連絡先交換の時から、確かにその片鱗は覗いていた。
その場にいた和倉さんからは、『琴子ちゃん、押しに弱いからなあ……』なんて笑われたりもして。
自分が押されると弱いタイプだという自覚もあったし、明莉さんからの忠告も忘れてはなかったけれど、やっぱり、大和の気持ちを一番に考えたとき、北浦さんからのお誘いを受けないという選択を強行するわけにはいかなかった。

実際、電話を切ったあとも大和は大喜びのままベッドの中でも口から出てくるのは北浦さんやファンダックの話ばかりで、私は、ここまで楽しそうにしてくれるのなら、まあいいかな…と、楽観的な感想を持ちながら、その夜はいつの間にか大和と一緒に眠ってしまっていたのだった。


けれど翌朝になり、落ち着いて考えると、明莉さんのことがどうしても気がかりだった。
はっきりとは聞かされてないものの、彼女が北浦さんに特別な感情を持っている可能性は非常に濃厚だろうし、
それに……
自分でこういうことを言うのも厚かましい気がするが、もう恋愛事に免疫がない十代や二十代の女子でもないので、相手が自分に何かしらの好意を寄せてくれているのだろうな、的な感覚は察知できるのだ。
けれど私は、大和の母親代わりとなってこの子の人生を支える、共にある道を選んだとき、もう誰とも恋愛はしないと心に決めたのだ。
だから、ごくたまに好意の欠片を拾った場合は、それとなくさり気なく、その人物から距離をとるようにしていた。
自分の押しに弱いという性格を把握していたからだ。
だけど今回は、大和という私にとって現在の最大のウィークポイントを突かれた形になってしまい、残念ながらこれまでの経験が生かされることはなかった。


私は目覚めてから大和を起こす時刻になるまでの間、可能な限りに時間を費やして悩んだ末、やはり明莉さんには、北浦さんとファンダックに行くことになった旨を報告しておくべきという結論に至ったのだった。











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