閉園間際の恋人たち




《………ありがとう》

琴子さんは焦れる俺と正反対に、静かに言った。

《蓮君は、優しいね。真っ先に私のことを気にしてくれるなんて》
「いえ、普通一番に訊くでしょう?それで、体調は……」
《ありがとう。もうすっかり大丈夫よ。今は年に一回の通院だけ。何も残さずに(・・・・・・)全摘出したのがよかったのかもしれないわね》

電話の向こうで柔らかく微笑む琴子さんが目に浮かんだ。
俺は、もう大丈夫だという返事には全身でホッとしたけれど、琴子さんのセリフは、心に痛かった。
何も残さず……
琴子さんは、最初からこんな風に落ち着いて自身の体を受け入れられたのだろうか。
幼稚園教諭という職業や、大和君への愛情豊かな姿を見ていると、琴子さんが子供好きなのは一目瞭然だ。
その琴子さんが自分の子供を望めないとなると、きっと当時はよほどの衝撃と悲しみに襲われたに違いない。
俺はグッとスマホを握る手に力を加えていた。
なぜ俺はその時琴子さんの傍にいられなかったのだろう。
隣にいたなら、琴子さんの辛さに寄り添えたのに。
悲しみを、一緒に持つこともできたのに………なんて、どうしようもないことを考えて悔しくなる。
琴子さんが学生ということはおそらく俺は中学生、下手したら小学生で、傍にいたところで大した慰めにもなれなかったかもしれないけど、ただとにかく、俺は琴子さんを支えたかった。
そしてそれは今現在の琴子さんに対しても同じ想いだ。


「よかった……。命に関わってくることは、もうないんですよね?」

直接的過ぎる言い方をしてることにも気付かぬほど、俺は安堵しきりだった。

《そうね。絶対とは言い切れないけど、ほとんど心配はないそうよ》
「そうですか……」

絶対ではないのかと、俺は素人感覚でショックを受けてしまう。
だがもし少しでも不安因子を残していたなら、いくら親友の忘れ形見だとしても、果たして琴子さんは大和君を引き取っただろうか?
いや、そうはならなかったはずだ。
だとしたら、琴子さんが言う ”ほとんど心配ない” の ”ほとんど” を信用してもいいのでは?
何より琴子さん自身が大丈夫と言ってるのだから。

「…それを聞いて、安心しました」

ようやく口元に笑みが戻ってきた俺に、琴子さんは《だから……》と話を戻そうとしてきた。
琴子さんがそのあと何と続けるつもりなのかはわかりきっている。
だから俺は先手を打って、その続きは言わせなかった。


「でもそのことと俺と付き合えないことは、全然関係ありませんよね?」

本気で意味がわからないという温度の俺に、琴子さんの方も《――え?》と、彼女は彼女で俺の発言の意味が本気でわからないという戸惑いをこぼしたのだった。











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