月下双酌 ─花見帰りに月の精と運命の出会いをしてしまいました─
 暗月の舌は私の口内に収まると、誘いをかけるようにぐるりと一周した。私はそれを捕まえるように、舌を絡ませる。柔らかな舌と舌が合わさって、お互いの粘膜を擦り上げる。
 息が、漏れる。
 唾液がこぼれて口の端から垂れてきたから、彼の舌ごと吸い込むようにすする。
 心の奥が、暗月で満たされてゆく。

「ぁん、」

 本当は暗月と呼びたかったけれど、舌は彼と絡まることに忙しく、その役目を果たしてくれなかった。
 体中の力が抜けて、そのうち彼の首に回していた両腕もぱたりと落ちた。暗月はそんな私の手を取り、指と指を絡ませる。口付けがまた深くなり、もはや舌すら動かなくなった私の口内を、暗月は丁寧になぞり上げた。最後に唇を甘噛みされて、軽く吸われ、チュッという音とともに彼が離れる。

「……ぅ」

 余りにも情熱的なこの口付けにやられ、ベンチにもたれ掛かるだけの私のことを、暗月がじっと見つめる。愛おしいと、その言葉に嘘はないと、彼の瞳は語っていた。

 こんな表情をする人だったんだなぁ。

 ぼんやり思って見つめ返していたら、絡めていた指をゆっくりと解き、最後に指先をきゅっと握って離された。

「朔」
「……ん?」
「声が届きやすいよう、お前に(しるし)を付けた。もし今生でまた私と会いたくなったら、それを見つけろ。見つけたら、私の名を呼んでくれ」

 私のことを乞い願う目の前の男は、そして私の頬をそっとなぞった。

「その時は離さない。星の下、酌を交わそう」

 そしていつものように軽く地面を蹴って、宙を舞った。
 暗月のいなくなった公園を、私はただぼんやりと眺めるばかりだった。
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