月下双酌 ─花見帰りに月の精と運命の出会いをしてしまいました─
「飯島さん」

 そっと呼び掛けると、飯島さんもこの距離の近さに気付いたようで、慌てて手を離してくれた。

「ごめん、つい」
「いえ、いいんです。ありがとうございます。そして、私、謝らなくては」
「え?」
「お付き合い、出来ないです。駄目なんです。今ごろ、好きな人がいるのに、気付いてしまいました……」
「好きな、人」

 正確には人ではなくて月の精だけれど、それを言うと色んな意味で心配されて余計にややこしくなりそうだったので、黙ることにした。
 飯島さんはしばし呆然とした表情を見せた後、がっくりと肩を落とす。

「俺の割り込む余地は、無し?」
「……はい。ごめんなさい」
「そっか……」

 気不味い沈黙がこの場を占める。こんな良い人を振る自分が信じられない。でも、駄目なものは駄目なんだ。そして今更ながら、カップルシートが痛痛しい。
 それでもしばらくすると、飯島さんは息を吐き出し、私に声を掛けてくれた。

「立花さんがその人のこと好きになったのって、多分半年くらい前からだよね」
「ええと、まあ……」

 正確に言うと知り合ったのが半年前で、自覚したのはたった今、いや、遡って一週間前? ですが。

「俺が立花さんのことをいいなと思うようになったのも、ちょうどそれくらいからだから。誰かのことを好きになって輝いている立花さんが好きだったんだな、と思うとへこむけど、でもまだ諦めつくのかな、とか」
「本当に、すみません……」
「すぐに立ち直る程度の軽い気持ちでは無いから、そいつやめて俺のとこに来て欲しいって本音では思ってる。でも人の心を曲げることは出来ないし」
「……そうですね。私もなんで飯島さんじゃ駄目なのか、分からないんです。本当に、勿体無い」

 ぽろりと口からこぼれてしまった。
 飯島さんは目を瞬かせると、ため息のようなちょっと力の無い笑いをした。呆れたんだろうか。振った相手にさすがに無神経だったよね、私の言葉。

「コーヒー、持ち帰りにしちゃって大丈夫?」

 話題を変えるようにそう言って、飯島さんが立ち上がる。

「はい。大丈夫です」
「帰ろう。駅まで送る」
「はい」

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