月下双酌 ─花見帰りに月の精と運命の出会いをしてしまいました─
 今までの会話でなんか色々と突っ込まなければいけないことがあった様な気がしたけど、取り敢えず流して同じベンチの端に座る。缶ビールを開けると、そのまま手渡した。二本買ったさっきの私、よくやった。

「すまないな」
「あ、いえいえ」

 その口調のせいなのか、それとも妙な迫力を感じるせいなのか、私がビールをおごっている割には、どうも下手に出てしまう。
 いやいやでも、酒の下では人は平等であるべきだ。

「その楽器は?」

 何とかこの状況を打破しようと会話をすべく、彼が抱きかかえている楽器を指差した。三味線の首を短くして、胴を丸い木製のものに変えたような、見た事の無い楽器。

「月の琴。月琴という」

 ほらと掲げて、全体を見せてくれた。確かに胴の丸い部分が月の様だ。
 彼はそのまま爪弾いて、その硬質で澄んだ高い音を聴かせてくれる。

「綺麗な音ですね。名前の通り、月夜に良く似合う」

 素直にそう感想を漏らすと、彼はくすりと笑って夜空を仰ぎ見た。

「申し訳ないな。生憎と、今夜は暗月(あんげつ)だ」
「あんげつ?」
「月の出ていない日、つまりは月の始まる日のことだよ」

 言われて漢字が想像できて、意味が繋がった。そんな言葉があるのか。初耳だ。

「私にとっては、月に一度の定休日だ。お陰でこうして、下界に遊びに来ることも出来る」

 んん? って思った。
 なんか明瞭に言われたはずなのに、その内容を理解しようとすると、どうにも自分の中の何かが邪魔をする。なぜか今、自分は試されているような、そんな気になってくる。

「えーっと、なんかお忙しい仕事なんですかねー。月に一度しか休めないなんて、大変そうー。職業ってなんなのかなーって。あと出来ればお名前教えてもらっても?」
「月の精」
「はい?」
「名前と職業、共に月の精だ」

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