黒歴史小説 トリプルエッジ
第十章 タイガの剣

10-1


 艦の揺れが、次第にひどくなっていく……。

 私は突然のことで何が起こったのか分からず、ただその場で突っ立っていた。

「た、退避じゃ……総員退避!」
 血の気の薄い顔で、ハークが叫ぶ。
「何をしておる! 真帆、おぬしも……」

 その瞬間だった。
 モニターに、巨大な浮遊城がこっちに突っこんでくる映像が流れていた。

「こ、これは!」
 
 どーん!

 轟音が耳を打つ。
 気がつけば、私は宙を飛んでいた。
 まるで、宇宙船の中みたい。
 しばらく、眼に映るものは、全てスローモーションのようにゆっくり動く。

 私は宙で背中を反って、そのまま、指令室の壁に頭をぶつけた。

「プツン」と、テレビの電源を消した時のように、意識がふきとんだ。


「……じょうぶ……ねえ、大丈夫? 返事をしてよ!」

 頬をニ、三回叩かれて、私は目を覚ました。
 瞼を開くと、そこにはペータンがいた。
「よかった……お姉ちゃんが死んだら、ハーク様に叱られちゃうよ」
 ペータンはにっこり笑って、がれきに埋もれた私を助けてくれた。

「ありがと、ペータン」
「ヘヘヘッ、それより、ハーク様は?」
「あ、そう言えば……」
 私とペータンは、辺りをぐるっと見渡す。

 空中戦艦、ハーリー号は、空から突っこんできた謎の浮遊城と重なるようにして、墜落していた。

 例の古城とは、かなり離れたところに落ちたようだ。
 私とペータンは半壊した戦艦から出た。

 地上には、眼を赤く光らせた獣が二匹いた。

 一匹は軍服をきた猫の姿のハーク。
 そして、もう一匹はハークより、背は高かったけど、小柄な老人。

 老人はミノムシのような汚い格好をしていた。
 遠くから見ていた私のところまで、悪臭が漂ってきそう。

「特攻とは、時代遅れじゃのう……」
「ふぉふぉふぉ、年甲斐もなく、あのようなことを……」
 二匹の会話は穏やかだが、その目つきはとても険しい。

「おぬし、日本の妖怪じゃな?」
「はい、申し遅れました。弔辞六進坊(ちょうじろくしんぼう)鮫嶽蛇偶衛門(さめたけじゃぐうえもん)と申します……」
 ハークが鼻で笑った。

「笑えるな……」
「そうですかな? しかし、先日、ある御方にもらった名の方が、私は気に入っているのです。ミノと……」
 二匹とも笑ってはいたが、依然として赤い眼のままだ。

「そこもとは、五大魔神、ハーク・フォゼフィールド様と御見受けしますが……」
「ほう、わしも、有名になったもんじゃ」
 ミノと名乗った老人が、杖を取り出し、構える。
「では、いざ……」
 二匹の間に、つむじ風が巻き起こった。

「覚悟!」
 老人が襲い掛かった。
 杖を振りかざし、ハークの頭を狙う。
 それに対して、ハークはニヤリと笑って、様子を見ている。

 振り降ろされた杖はハークの頬をかすめ、地面を叩いた。
 ミノは「しまった」と洩らし、振り返る。
 そこには、宙を飛ぶ一匹の猫がいた。

 爪が、にゅっと伸びる。鋭利な爪は老人の肉を容赦なくそぎ落とす。
 ミノは呻き声をあげながら、左腕を押さえている。

「さすがは、五大魔神……この老いぼれ、久方ぶりに血が騒いでおります」
「そりゃ、よかったのう」
「いい加減、私も本気を出させてもらいます」

 ミノの口から、黄色い煙があがった。
 煙に釣られて来たのか、地面の下から、巨大な百足が一匹、現れた。
 ミノはその百足の上に飛び乗ると、杖で頭を叩いて、指示を出す。
 百足は足をぞろぞろと動かして、土を這う。

「気色悪いのう……」
 そう言いながら、ハークは地を蹴って、宙に飛び上がった。
 飛び上がったハークに、百足は素早く、体を巻きつけて捕まえた。
 ギリギリと音をたてて、彼の体を絞めていく。

「ハーク殿には、申し訳ありませんが、日本の妖怪のために、死んでください」
 ミノは百足でハークを絞め続ける。
「くっ……。やはり、この姿では戦いにくいか」
 そう言うと、ハークは百足にガブリと噛みつき、隙を狙ってどうにか逃れた。

 地面に足をつけると、二足歩行であった彼が、腕であった前足を地面の上にのせる。
 四つ足歩行になったのだ。
 ハークは「グルルルッ」と、唸り声をあげて、ミノを睨んだ。
 
 口から鋭い犬歯が覗き、彼の小さな身体から厚い筋肉が浮かび上がる。
 彼の身体が、急変化している。
 活動し始めた力が、全身を覆っていた……いや、隠していた軍服を破った。
 尚も、身体は大きくなっていく。


 そこに、現れたのは巨大な獣だった。
 全長、五メートルはあるだろうか。

「グオオオオオ!」
 その咆哮は耳を押さえていなければ、耐えられないものだった。

「あれが、あのハークさん……」
 私は遠くからそれを見ていたのに、思わず後退りをしてしまった。
 怯える私を見てペータンが言った。

「そうだよ。あれがハーク様の本当の姿さ。僕も初めて見たんだけどね……でも、部下である僕が見ても、今のハーク様は恐いな……」
 普段のハークとは比べようにもならない姿だ。

 地面を蹴って、ミノが乗る百足に飛び掛った。
 ミノはすかさず、百足から飛び降りる。
 ハークが百足に噛みつく。
 百足はじたばたと動いて抵抗したが、ハークの巨大な牙は百足をしっかりと捕まえている。

 鋭い牙が百足の体に食い込む。
 百足も応戦しようと、毒あごで、噛みつこうとした。
 だが、ハークに感づかれ、彼の尻尾で叩かれてしまう。

「グオオオオオ!」
 ハークはついに百足の頭部を噛み千切った。
 渋い顔をして「ペッ」と吐きだす。
 その場には、無残な死骸だけが残った。

「うぬ……さすがは五大魔神。しかし、多勢に無勢という言葉もありましょう。これ、兵法の基本というもの」
 ミノが杖を天に掲げた。
 すると、半壊した浮遊城から大勢の妖怪達が、どっと現れた。

「かかれ!」
 妖怪達はいきり立っていた。
 各々、叫びながらハークに襲い掛かる。

「グルルルル……」
 ハークは、全身の毛を逆立てて、警戒している。

「あ! ハークさんが危ないよ! どうしよう……」
 私がオロオロして、頭を抱えていると、後ろから雄叫びが上がった。

「いけぇ! みんな、ハーク様をお守りしろ!」
 振り返ると、武装した猫人間達がハーリー号から出てきて、ハークの後ろについた。
 ハーク率いる猫人間達、一方、ミノ率いる日本の妖怪達。
 双方、向かい合う。

 始めから、この時を待っていたに違いない。
 がれきの下に身を潜めて、待っていたのだ。
 だが、ハーク軍の方が不利だ。
 数が圧倒的に違う。

 せいぜいが五百人程度。対する妖怪達は、四千を超えている。
 ハークが咆哮をあげる。
 それに呼応したかのように、猫人間達が妖怪達に襲い掛かった。

 戦いが始まった……。
 その戦いの結果は、当初から分かりきっていた。
 次々と、猫人間達は倒れていき、とうとう、数えるほどになっていた。

「ハーク殿、お命、頂戴!」

 ミノが、杖をハークの額に直撃させた。
 ハークはもんどりうって、倒れた。

「いやぁ! ハークさん!」
 彼はピクピクと痙攣して、口から泡を吹いていた。
「ハーク様!」
 ペータンが泣きながら叫んだ。
 気がつくと、私も涙を流していた。

「ハークさんが……ハークさんが……ど、どうしよう。どうすれば、いいの? 私は何もしてあげられない」
 うな垂れて、地面に膝をついた。

「ダメだ……。先輩、走れないよう……もう、私走れない。〝窓〟を開けるなんてこと出来ないよ」
 涙がぽろぽろと、地面に落ちる。

 ぴーひゃららら! どんどんどん! 

 笛と太鼓の音が耳を打った。
 聞き覚えのある音だ。なんだろう……。
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