つけない嘘
そして、二年前、この弁護士事務所で事務員として働き始めた。

弁護士である斎藤先生は切れ者だけど、普段はとても穏やかで優しい。

私が以前の仕事を辞めたことも、離婚のことも余計なことは全く聞いてこなかった。

居心地のいい職場で、慌ただしくも毎日楽しく働かせてもらっている。


ビルの角を曲がるとようやく十メートル先に郵便局が見えてきた。

午前の便にぎりぎり間に合いそうだ。

郵便局に急ぎ足で入ると、郵便の受付は結構混んでいる。

都心に近いこの辺りはビジネス街とあって、お昼頃にどうしても集中するんだよね。

それにしても今日はいつも以上に多い。

小さく息を吐くと、5人が並ぶ列の最後尾についた。

先頭の事務員らしき女性は、大量の封書の束を手に抱え、一部ずつ説明しながら郵便局員に手渡している。

ん~、まだまだかかりそうだ。

斎藤先生には至急と言われたけれど、しょうがないよね。

速達便にすれば、きっと間に合うはず。ここは前向きに捉えるとしよう。

「混んでるな」

私の後ろに並んだ誰かが小さく呟く。

その人も急ぎなのだろうか。

まぁ、この列を見ればそう言いたくなる気持ちはよくわかる。

それにしても、背後から漂ってきたこの香り。

誰かの香りに似ていた。

多分同じ香り。

忘れもしない、亮と同じだ。

まさか、だよね?

鼓動が激しくなっていく。

さっき呟いた声もなんとなく似ているような気がする。

ゆっくりと後ろを振り返る。



スーツをびしっと着こなした長身の男性は年齢こそは近いけれど、亮とは全く違う人物だった。

こういう時の落胆は、普通の落胆より疲れる。

一気に緊張がほどけ、体中の力が抜けていくようだった。

何考えてんだろ。

特別な出張がない限り、亮はまだロンドンにいるはずだ。

三年も経っているのに、まだ亮を引きずっている自分が情けなくもあり、やはり彼が私にとっての特別だったのかもしれないとも思う。
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