淋しがりやの足跡
正代はじっと私を見つめる。
「両親を見送った時も、つらくて悲しかったのよ。だけど私、夫を見送る覚悟なんて持てないわ」
正代の眉間にシワが寄る。
厳しい声で、
「そんなこと言わないで。まだ父さんは、ここに居るのよ」
と、言った。
そうよ。
でも、私は。
私には。
「史郎さんが手の届かない所へ行ってしまうって、私をおいて行ってしまうって、わかるのよ」
正代は私の手をとり、史郎さんの手と重ねた。
「まだ父さんは戦っているの。母さんのそばに居るために、必死に」
……少しの間、沈黙が流れた。
「何か、買ってくるわね。食べるものとか、飲みものとか」
正代が財布ひとつ持って、病室から出て行った。
私は。
史郎さんの手をまだ握っていた。
大きくて。
シワの目立つ、史郎さんの手。
81年の歳月を感じる、血管の浮いたおじいちゃんの手。