王室御用達の靴屋は彼女の足元にひざまづく
肝試しの館に棲む彼は靴職人
 空の玄関口にほど近い、TV番組でよく紹介される全長一キロメートルもある商店街……から一本外れた通りにその家はあった。

「ここ……よね」

 晴恵は看板も出ていない一軒の建物の前に佇んでいた。

 古びた洋館。
 子供の頃なら肝試しコースになりそうな建物だ。 
 塀がわりに植えられたらしい小手毬やレンギョウに秋海棠・柊木犀達は、訪問者を拒むためなのか手入れする暇がないのか、生命力旺盛にわしゃわしゃと育っている。

 門がわりなのだろうか、人一人が通れそうな空間から窺い見える室内は、工房らしい。
 開け放たれたガラス戸の中は、色々な皮で埋め尽くされている。見ようによってはレザーの卸店のようだ。

 だが、こここそが【王室御用達靴職人】と噂の、オーダーメイドの靴を作る職人・檜山智恭(ひやま ともやす)の住まい兼工房だった。

「……『敷居が高い』って意味が二九年間生きてきて、初めてわかった」

 今の彼女には植物達が、侵入者を拒むために何十メートルもの高さに(そび)え立つ城壁のように思えていた。
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