社長っ、このタクシーは譲れませんっ!



「遅刻だっ、千景」

 その日、千景は将臣の声で叩き起こされた。
 サイドテーブルから落ちて、転がっている目覚ましをつかみ、千景は叫ぶ。

「なんで目覚まし止まってるんですかっ」
「お前の最悪な寝相で止めたんじゃないのかっ」
と叫ぶ将臣と、慌ててベッドから飛び出した。

 玄関ロビーに向かい、早足で歩いていると、将臣が千景の足許を見て笑う。

「……なんですか?」

「いや。
 素敵な靴を履いたら、素敵なところに連れていってもらえるんだろ?
 そういえば、お前、その素敵な靴で俺のところに走ってきたなと思って」

 いや、走ってった先に、タクシーと一緒に、たまたま、あなたがいただけですが……と思う千景に将臣が言った。

「でもそれ逆かな」
「え?」

「俺のところに、素敵な靴を履いた、素敵なお前がやってきた――」

 ……いや、なにを言ってるんですか。
 照れるではないですか、と千景は俯く。
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