ご近所の平和を守るため、夫のアレが欲しいんです!
 うん。世間のイメージで行くと悪霊はやっつけなければいけないものって扱いだよね。悪霊もそれを知っているから、警戒する。でも、神道は違う。

「私は貴方様を調伏したり退魔する方法を知りません。私に出来ることは、貴方様の荒ぶる御霊を鎮めるお手伝いをすることだけです」

 言葉は、力だ。言葉には霊力が宿り、口に出すことによって、その力が発揮される。

「そして、貴方様の穢れを祓い、祀るのは、氏神様と宮司の役目。私は貴方様にそれを受け入れていただくためのお願いをするのみです」

 言いながら、バッグにしまっていた神社グッズを取り出す。奉書紙というしっかり目の和紙に切り取られた、人の形。厄除けなんかで誰もが一度は目にしたことはあると思う、形代(かたしろ)というアイテムだ。実態のない悪霊を、この形代に移し、形のあるものにして穢れを祓い、そして祀る。

「この家への執着から離れ、どうぞこちらへお移り下さい」

 響け。届け。目の前の相手に伝われ。

 そんな気持ちを言葉にのせて言ってみたけれど、悪霊はうんともすんとも言い返してはくれなかった。

 確かに、妄執の塊となった悪霊がそんなにすんなりと納得して、はいそうですかと従ってくれる訳が無い。一方、クロからは、非常にヤル気があふれている。ちょっとでもあちらが動けば、反撃という名の攻撃を仕掛けるつもりなんだろう。けれどそれでは本来の意図に反してしまう。悪霊はたくさんの負に穢されてはいるけれど、八百万の神の一柱でもあるんだ。

「お願いいたします」

 無反応。つまりは膠着状態。さて、こちらの提案に対し、相手の反応がはかばかしくない時、人はどうするべきか?

 重ねて説得。しか無いでしょうよ。

 私はもう一度口を開く前に、悪霊をじっくりと見た。いや、見るのではなく、視た。

 最初に視えるのは、人の執念。この家で誰にも看取られずに死んでいった老婆の、出て行った子供たちへの恨みや孤独感。そして次に現れたのは、猫。心無い人間から虐待され、必死の思いで逃げた猫が最後に辿り着いたのがこの家の庭だった。両者の恨みは怨みとなり、それに惹かれた霊が少しずつ集まって、より強力なものへとなってゆく。

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