道づれ愛
uno



「あら…もう帰るの、尊?」
「…」
「今日はお帰りですか、桐生くん?」
「お疲れ様です、川上さん。お先に失礼します」
「せっかく早く終わったなら食事に行きましょうよ」

 大学の一年先輩だった川上千奈(かわかみちな)に社長室を出た時に声を掛けられ丁重に断る。尊と呼ぶのも止めてくれと何度も言っているのだが…

「先週も行きましたよね?川上さんも仕事が終わったなら、会社の人間とではなくうまくリフレッシュして下さいね」
「先週って言ってももう10日は経つわよ」
「先週は先週でしょ?では、社員の手本となるよう早く退社して下さい。お疲れ様でした」

 何だか最近誘われる頻度が増えたな…そう思いながらエレベーターのボタンを押す。

 ランジェリーブランド‘Soffice’ソフィーチェの名が全国区になったのは3年前。それまでの3年間は社長の肩書きを持つ俺、桐生尊(きりゅうたける)と川上は営業、広報、経理等ありとあらゆる業務をこなした。3年前からは大幅に社員も増え各課の業務分担も明確になり、有難いことに業績も右肩上がり。百貨店や大型ショッピングモール内の店舗もまだ増やしている今‘Soffice’の名が盤石のものとなったとやっと言えるだろう。

 会社近くの小さな賃貸マンションから、少し離れた低層レジデンスを購入し引っ越したのはちょうど1年前。快適な住空間を手に入れ、この1年は会社の業務のリモート化にも積極的に取り組んだ。自宅から会議に参加するのと同じように、旅先からでも必要であれば仕事は出来る。あくまでも必要であればだ。俺も社員の手本となるよう来週の前半まで休みを取ることにした。
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