青春の備忘録
 あるときには、周囲から、
 「上原、せっかく田川さん呼んだんだから言えよ」
 と言われて渋々私の目の前に出てみるが、何も言わず去っていくことがあった。
 何を「言う」のかは言われてみないとわからないが、その見当がつく出来事がある。
 例のごとく何かを言うように勧められて、
 「僕は、田川さんのことが好き…………じゃないです」
 と言われたことがあった。
 気が遠くなるほどの間の後に出てきた否定の言葉に、周囲は、
 「ああっ」
 と声を漏らす。
 まるでホームランだと思った打球がギリギリでファウルゾーンに入った時のような、残念な声である。
 私はこのことがあってから、きっと素直に気持ちを伝えられなかったのだと捉えている。
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