エリート課長の脳内は想像の斜め上をいっていた

03.斎藤課長は秘密の業務を命じる

 ラブホテルで激しい一夜を共にした翌日。

 これで終わりとすると決めていた麻衣子とは違い、思い出の一夜にはしないと言い張る斎藤課長こと隼人は「これっきり」に納得せず、ほとんど泣き落としに近い妥協策として一か月間の「お付き合いお試し期間」を設けることになった。



 ***



 お試し期間中、お互いに恋人として付き合うのは無理だと思ったら上司と部下の関係に戻ること。
 会社関係者には絶対に口外しないことを約束して始まった二人の関係は、男女交際における女性の心理を研究して麻衣子に接する隼人の努力の結果、順調に進んでいた。


 お昼休憩から戻る途中、廊下で眼鏡をかけた“斎藤課長モード”の隼人は見慣れた女子社員の後ろ姿を見付け、ポケットに入れていた付箋へ素早く伝言を書き、彼女に声をかけた。

 勤務時間外、お試しお付き合い中ではない真面目な印象の麻衣子を見て、ときめく心を抑えてあくまで余所行きの顔を彼女に向ける。

「須藤さん、ついでにこれを坂田部長に持って行ってくれないか?」

 持っていたファイルを麻衣子に手渡し、隼人は眼鏡の奥で切れ長の目を細めた。

「坂田部長に渡す前に、書類が合っているか確認して欲しい」
「はい」

 頷いたのを確認した隼人はくるりと背を向けて、何事も無かったかのように隣を歩く男性社員とこの後の会議について話しながら立ち去って行った。

 本音は、もう少し麻衣子と話したい。
 しかし話したくても、困ったことに麻衣子の髪から香る自分と同じシャンプーの香りに興奮が湧き上がり、斎藤課長をキープ出来ないのだ。
 隣に若手社員が歩いていなければ、空き部屋へ麻衣子を連れ込み彼女をじっくり堪能したのにと、若手社員へ怨みのこもった目で睨みそうになった。


「課長、どちらへ?」
「珈琲を買いにいってくるよ」

 会議前に席を立った隼人へ声をかけた女性を社員へ、自販機で珈琲を買いに行くのと少し息抜きをして来ると答え、足早に第3小会議室へ向かった。



 照明も消えて窓のブラインドも下りている室内は薄暗く、内側から鍵をかけて音を立てないようにすれば密会するのにちょうどよい部屋だった。

 用事が無ければほとんど近付かないフロアの端にあり、周囲に公表できない社内恋愛をする社員が密会に使っていたせいで、会議室は常時鍵がかかっている。
 特に鍵がかかっていても不自然さは無い。

(麻衣子さん不足に耐えられなくなったら、この部屋は使えるな)

 此処が密会に使われていたのも頷ける。

 合い鍵を作っておこうとほくそ笑んだ時、廊下から軽い足音が聞こえて隼人は部屋の隅へと移動した。

 音が出ないように慎重に扉を開けた麻衣子は暗がりにうごめく影を目にして悲鳴を上げかけた。
 開いた口を大きな手の平が塞ぎ、悲鳴は声になって出てこなかった。

「しっ、麻衣子さん」

 背後から麻衣子の口を塞いだ隼人は、彼女の髪の香りを堪能しながらそのままゆっくり会議机の側まで歩き、口を覆っていた手を離した。

「もうっどうしたんですか?」
「昨日、会えなかったから、会議前にどうしても会いたかったんだ」

 麻衣子の手を取り、指先へ口付けた隼人の声に拗ねた響きが宿っていた。

「だって、昨日は」
「分かっているよ。お母さんが来たんだろ? でも、会えなくて寂しかった」

 眉尻を下げた隼人は、一日振りに麻衣子に触れられた嬉しさを隠しきれずに顔を近付かせてキスを強請る。

「待って、今から上の方々と会議があるのでしょう」

 密着しようとする隼人の胸へ、麻衣子は両手を当てて止める。

「そ、退屈な会議。面倒だけど出なきゃならない」
「退屈でも、頑張ってください」
「じゃあ、頑張れるように麻衣子さんを補充させて」

 会議までの短時間で補充する方法は何か考え、眼鏡の奥の瞳を細め、隼人は妖しい笑みを浮かべた。

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