甘い支配の始まり《マンガ原作賞優秀作品》





アパートにテーブルはなかったので、食事は自室でもリビングでも構わないけど、これだけ広いと面倒くさいかもしれない。

「俺の部屋はここ。朝よろしく」

そう言い長谷川さんが開いたドアの先には、パソコンが2台乗ったデスクとベッド、サイドテーブルのシンプルな空間が広がっていた。黒を基調とした部屋でベッドカバーのオレンジにも見える明るいブラウンが目に飛び込んできて、無難にモノトーンで揃えないところがお洒落だと思う。

彼は普段身につけている物もお洒落だ。全身ブラックのコーディネートでも、ニットの編みに変化があるものだったり、日本人男性には珍しくロング丈カーディガンを何気なく着こなしている。彼の長身がそう見せているのかもしれない。

家具を買いに行こうと言われたが、私用にこれ以上時間をつかうのは良くないと思ったので、ネットで明日届けてもらえるものを選ぶと答えると

「じゃあ、ベッドは急ぐからそれでいい。テーブルは週末に一緒に選ぶ。快適な社宅の備品としてその他にも必要なものはその時に揃える。決定事項で紫乃に拒否権なし」

そう言って、長谷川さんは私の頭に強めに手を乗せた。引っ越しすれば、必ず何度か買い物は必要だから頷くが、頭にだんだんと体重を乗せられているようだ。

「縮むって…」
「ごめん、紫乃。膨れるのも可愛らしいな」
「…っ…膨れてへん」
「ぶっ…膨れてへんな」
「下手くそや…」

長谷川さんはいつも可愛いではなく‘可愛らしい’と言う。その響きをとても心地よく感じることに戸惑うが、すぐに長谷川さんの下手な関西弁に二人で笑った。
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