パイロットは仕立て屋を甘く溺愛する
 紬希は少し湿ってしまったそのハンカチをきゅっと握った。
「では……洗ってお返しします……」
「はい。待ってます」
 そんな風に妙に嬉しそうに言われると困ってしまう。

 1人で泣かなくてもいいことがこんなにも心を無防備にしてしまうのだと紬希は知らなかったから。
 いったん気持ちを許してしまったら、心までも簡単に無防備になってしまうことも。

「紬希さんは泣き虫なの?」
「……そ、んなことはないと思うんですけど」
「では僕の前だけ?」

 そうかも知れない。けれど、会ったばかりの人にこんな風になってしまうことはおかしくはないだろうか?

「それだったら、嬉しいんだけどな」
「嬉しい……ですか?」
 困るのかと思ったけれど。

「嬉しいよ。好意を持っている人から甘えられることは嬉しい。まして泣き顔なんて、相当に信頼していないと見せられないだろう。自然に出てしまったものでも、かえってそれが嬉しいよ」

『好意を持っている』
 運転をしながら、それでも嬉しそうに貴堂がそんな風に言ってくれることが、紬希にも嬉しかった。
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