サクラ、咲く
歪んだ恋情



重い野菜を両手に下げて人波をすり抜けるのは思ったより至難の業


あまりの安さに一玉買いをした白菜とキャベツの所為で
買い物袋は手に食い込んで血液の流れを止めている


「お肉にすればよかった」


少し後悔をした私の背後から


「このまま真っ直ぐ歩け
声を出したら刺す」


嗄れた声が聞こえた


「・・・っ」


息を飲むと同時に視線を落としたことで見えたのは
脇腹に突きつけられた銀色に光るナイフ



待ち合わせ場所まであと僅かな距離なのに
目的とは違う方向へ進路を変えられた恐怖に
あれほど煩かったマーケット内の喧騒が耳に届かなくなった


「ほら、そこ右」

「ちょっとでも声を上げたら問答無用で刺すからな」

「ゲート6を出ろ」


右後方から聞こえる指示に従って
マーケットから出ると、ちょうど店の後方に近い出入り口だったようで

店内の混雑が嘘のように人影はまばらだった


「サッサと歩けよっ」


「・・・っ」


そんなことを言われても
白菜とキャベツに加えて
根菜も数種類買っているから無理

でも、それを口にしたら
刺されそうで

恐怖で震える身体を必死で動かすことしかできない


それでもどうにか脚を動かして
男の支持に従って広い駐車場を歩く



・・・翔樹



現れない私に気付いてくれるだろうか



・・・翔樹



あのね



いつでも手離す覚悟を決めていたはずの命が



今、とても・・・惜しいの



だって



手が千切れそうな買い物袋を
振り回して逃げたいのに


翔樹に作ってあげたい料理を思うと
持ち手を握り直してばかりいる



・・・翔樹



もう一度会えたら


ちゃんと向き合うから




お願い





迎えに来て





・・・翔樹















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