愛され聖女は片恋を厭う(宝玉九姫の生存遊戯1)

「……逃げろ、シャーリィ」
「何を言ってるの、お兄様。お兄様こそ逃げて。アーベントは強いわ。そんな身体(からだ)で勝てるはずがない」

「だから逃げろと言っているんだ。一人でも馬には乗れるだろう?」
「お兄様、まさか……死ぬつもりじゃないわよね?嫌よ、そんなの。どうしてそこまでするの!? 元はといえば、私が原因なのに……」

 泣きながら懇願(こんがん)するシャーリィに、ウィレスは決然と告げた。
「ずっと昔に決めたのだ。お前を守ると。どんな敵からも不幸からも、必ず俺が守ると。だから、逃げろ。シャーリィ」
 
 その言葉に、ふいにシャーリィの脳裏(のうり)に記憶が浮かび上がってくる。

 
 初夏の日差しが降り(そそ)ぐ王宮の中庭。まだ物心もつくかつかぬかの、幼いシャーリィの髪を()でながら、優しく告げられた言葉。

 木漏(こも)れ日を背に微笑む少年の髪の色は、灰茶色。優しく細められた両目は金の色。
 ぼやけていたその姿と言葉が、ふいに鮮明になる。
 
『大丈夫だ。俺が守るから。どんな敵からも、不幸からも、必ず俺が守るから。たとえ、お前が(いつわ)りの王女……偽りの妹でも。だから、泣くな、シャーリィ。世界で一番可愛い、俺の大事な、大事な「いもうと」……』

 
(お兄様は……あんなに昔から、私が本当の妹じゃないことを知っていたの……?)
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