愛され聖女は片恋を厭う(宝玉九姫の生存遊戯1)

「この宮殿の方達は、皆、本当に猫が好きなんですね。竜使の間にいると、いろいろな方に出会えます」
 白いエンタシスの柱が立ち並ぶ回廊を歩きながら、アーベントは口を開く。
 中庭に面した回廊では、木々の葉擦(はず)れの音と小鳥のさえずりが、耳に優しく響いてくる。

「そうよ。猫はリヒトシュライフェの守り神だもの。竜使様のことだけではなくて、昔、ネズミが菌を媒介(ばいかい)する疫病(えきびょう)が大陸中に流行(はや)った時、猫を大事にしていたリヒトシュライフェだけは、その災いから逃れられたという伝説もあるものね」
 シャーリィは上擦(うわず)りそうになる声を(おさ)え、早口に(しゃべ)る。

「それが、昨日の史学の授業の内容ですか。よく覚えてらっしゃいますね」
「もうっ、いつもそうやって意地悪を言うのね」
「意地悪ではありません。私はいつも事実を言っているだけでしょう」
「そういう所が意地悪だと言うのよ」
 怒ったように言ってみても、アーベントはただ笑みを返すだけだった。

 その笑みに一瞬どきりと心臓を()ねさせ、シャーリィは(あわ)てて目を()らし、別の話題を振る。
 今は、話が途切(とぎ)れるのが、何故(なぜ)か恐かった。自分のペースを乱されてしまいそうな気がして。

「そう言えば、気づいていた?この宮殿、猫がたくさんいるのよ?」
「は?それはまあ、先ほどもたくさん見てきましたが」
「そうじゃなくて……ほら、あそこの柱の彫刻を見て」

 シャーリィが指差したのは、回廊の柱の上部にある装飾。目を()らしてそれを(なが)め、アーベントは納得(なっとく)したように(うなず)いた。

「ああ。他の装飾に(まぎ)れて、こっそり猫が()られてますね。猫というより……竜使様ですか?」
< 43 / 147 >

この作品をシェア

pagetop