愛され聖女は片恋を厭う(宝玉九姫の生存遊戯1)

「何が大丈夫なのですか!見た所、吟遊詩人(ぎんゆうしじん)のようですが……このような所にまで入り込むとは……」

「まあまあ、落ち着いて落ち着いて。俺に斬りかかったりなんかしたら、君、大変なことになるよ?君だけじゃなく、この国すらも巻き込んで、国際問題だ。ま、その場合、こんな所を、こんな格好(かっこう)でうろついてる俺も悪いってことになるんだろうけど」
「何を言っているんだ、貴様……」

 剣を()きつけられているにも関わらず、おちゃらけた調子を(くず)さない男に、騎士はますますいきり立つ。
 シャーリィはこめかみを押さえ、溜息(ためいき)をついた。

「いい加減(かげん)にして下さい、レグルス様。冗談の通じる人と、通じない人がいるんですから」
 シャーリィが口にした名に、騎士は目を()いて男を見た。

「レグルス様……!? もしや、ミレイニの『歌うたいの王子』!? 」
 思わず口走ってしまってから、騎士ははっと口元を押さえる。

「し、失礼(いた)しました。ミレイニの第一王子様に向かって」
「いいや、べつに。俺自身も気に入ってるから。その二つ名」

 レグルス・レイニ。
 大陸の中央に位置する大国・ミレイニの第一王子である彼は、かつて二年間だけリヒトシュライフェに遊学していた。そのため、シャーリィやウィレスとも親交が深い。特にウィレスとは、親友と言っても良い間柄(あいだがら)だった。

「また、唐突(とうとつ)なお()しですわね。しかも、その格好……」
 シャーリィの視線に、レグルスは笑って頭を()く。レグルスの姿は、とても一国の王子に相応(ふさわ)しいものではなかった。

 着古した簡素な旅装に、背に負ったリュート。それはまさしく、歌いながら諸国を旅する“吟遊詩人”そのものの姿。彼が『歌うたいの王子』という二つ名で呼ばれる所以(ゆえん)である。

「いやぁ。こんな格好でごめん。満月宮に寄るつもりは無かったからさ。ちょっと路銀が(とぼ)しくなってきたもんだから、ここの王都で金稼(かねかせ)ぎさせてもらおうと思って、広場で歌ってたらさ、あっと言う間に俺だってバレて、無理矢理王宮に連行されちゃったんだよね。容姿と歌い方の特徴だけで俺だと見抜いてしまうなんて、フォルモント都民は(すさ)まじい。さすがは芸術の都の民だ」

「当たり前でしょう。あなたのお名前は、未だにフォルモントの民の間で語り草なのですよ?王立芸術院の音楽科を、たった二年で、しかも首席で卒業してしまわれた、伝説の天才なのですから」
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