恋がはじまる日

近付きたい

 あっという間に年が明けて、三学期。

 高校二年生も残すところ、あと三か月弱となった。

 今年の冬は暖冬だと言われていたけれど、冬はやっぱり冬。寒いことに変わりはない。席が窓際ということもあって、窓を閉め切っていても、ひんやりとした冷気が入ってくる。授業中もすっかりブランケットが手放せなくなっていた。

 教卓では、物理の先生がなにか小難しい話をしているけれど、今日はなんだか身が入らなくて、ただただぼんやりと黒板を眺めていた。

 それでもやっぱりほんの少し意識は隣の席に向いていて、視界の端で私は隣の席の彼を盗み見た。
 きっと今日も寝ているのだろうと思っていたのだけど、今日に限っては机に伏せながらも起きていたようで、彼とばっちり目が合ってしまった。私は慌てて視線を黒板へと戻す。


 藤宮くんこっち見てた…?私が見たからかな。たまたまだよね?


 なんとなく視線を感じるような気がして、私はもう一度彼の方をこっそりと窺った。


「!」


 するとやっぱりまた目が合って。
 私は途端に落ち着かない気持ちになる。自分の心臓の音がうるさく感じる。静まり返った教室内でみんなにも聞こえちゃうのではないかってくらいに、鼓動がうるさく高鳴っている。


 藤宮くん、こっちずっと見てる?なんで?今日私何か変?


 私は平静を装うべく、板書を書き進めた。

 それでもやっぱり彼のことが気になるし、集中なんかできなくて、右半身にやたらと熱が集まっていくのを感じる。

 ペンケースから蛍光ペンを取り出そうとして、うまく指が動かなくて、机から落としてしまった。
 そんなことをしていると、隣でふっと笑うような吐息が聞こえた。
 私はペンを拾うと、観念して少しむっとしたように彼を見た。


(またからかってるでしょ!)


と声にならないくらいの声と口パクで伝えると、藤宮くんはやっぱりからかったような表情で、


(慌てすぎ)


とだけ言った。


 私はそんなやり取りすらも恥ずかしくて、拗ねたようにまたノートにペンを走らせた。
 こんな些細なやり取りでも心が温かくなるのを感じるから、恋をした私はどうにかなってしまったのかもしれない。
 好きな人が隣の席にいて、ちょっとしたことでお話ができて、それだけでどうしてこんなにも嬉しいのだろう。

 やっぱり藤宮くんのこと、好きだなぁ。
 最初は私のこと嫌いなのかなって思ってた。からかってばかりくるし、なに考えてるかわかりにくいし。でもただ不器用なだけで、彼は優しい人だった。そのことを知っているのは、クラスに何人くらいいるのだろうか。


 私だけなら、いいのになぁ。


 そんなとりとめのないことを考えているうちに、午前中の授業は終わりを告げた。

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