恋がはじまる日

 とにかく無言の空気が気まずかったので、私は無理に口を開いた。


「え、えっと、藤宮くん!この浴衣どうかな?似合ってる?おばあちゃんが買ってくれたんだー!」


 私は浴衣の袖をふりふりさせながら、桜柄の浴衣を見せる。
 彼は急に話し掛けた私に、瞬間きょとんとして、いつもの少し皮肉の混じった表情を見せた。
 私は彼が次に何を言うか想像ができたので、彼の言葉を制して先に口を開いた。


「はい!藤宮くん。今、馬子にも衣裳、とか言おうと思ったでしょう?言おうとしてることバレバレなんだからね」


 私が手で制しながら自信満々にそう言うと、彼は見たこともない優しい顔をして言った。


「よく似合ってる」

「え…?」

「浴衣。髪も」

「あ、え」


 私はフリーズした。

 藤宮くん、今、なんて言った?私の浴衣、似合うって言った?


 普段の憎まれ口ばかりの彼とはまったく違う直球すぎる言葉に、私は言葉が出なくなってしまった。


 どくん。


 また心臓が騒がしい音を立て始め、動機に息苦しさを感じる。


 なんだろう、この感じ。


 落ち着かなくて、でも貰った言葉が嬉しくて、話したいのに話せない。
 私、今日はどうかしているのかも。人混みのせいかな。毎日の部活と講習で疲れているのかな。
 息苦しい、落ち着かない。
 どうしてこんな風に感じるのかはわからないけれど、不思議と嫌な感じはしないのだ。


 私がうまく返せないでいると、藤宮くんが笑った気がした。
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