姫の騎士

2、選抜試験

 選抜試験の第一弾は筆記試験である。
 試験会場は、休日の学校の講堂が使われる。
 志願する者たちが300人ほど集まっていた。

 午前中の筆記試験を終えると、問題が回収されるとともに、ずしりとした紙袋が配られる。
 中には昼食用のサンドイッチとリンゴ。
 後半の午後の試験まで、たっぷり休憩時間がとってあった。

 袋を手にし、外の空気を吸いにセルジオは席をたつ。
 久しぶりに集中し、同じ姿勢で居続けたために背中と首が痛くなっている。
 あちこちで、うめき声をあげて机に突っ伏している者たちがいた。
 午前の試験だけで参加者は疲労困憊している。
 講堂の空気は重苦しい。

「おい!セルジオじゃないか!」

 講堂を出るまでに、方々から声がかかった。
 友人たちの中にはどこぞの貴族の騎士になったものもいるし、騎士を目指しつつ全く関係のない仕事に付いた者もいた。
 治安警察兵の研修中の者もいるし、辺境警備兵になり、試験に合わせて王都に戻ってきたものもいる。
 セルジオの周りに友人たちが集まってくるのは、さながら同窓会である。
 彼らもセルジオと同様に、アデールの姫の騎士に応募していた。
 学生時代、彼らとともに騎士を目指して切磋琢磨した仲間たちである。

「いま、何してるんだよ!そろそろこっちに来るんじゃないかと思って待ってるんだぜ?」
「とりあえず、食事をしようぜ」
「それにしても、いろんな奴が集まったな。いつもと試験会場の景色が違う」

 そういったのはロッシである。
 試験に集まっていたのは、身体のどこかに光物を身に着けている貴族の息子たち。
 見るからに腕に覚えのありそうな、化粧気のない女たち。
 学校の友人たちと連れだって力試しに来たのだろう学生たち。
 武器とは縁のなさそうな、素朴な顔つきのニキビの吹き出た農村出身者らしきものもいる。
 確かに、いつもとは異なる多様な顔ぶれである。


「お飾りの姫騎士だからって採用基準が低くなって、俺でもできると思ったのかな」
 セルジオの言葉に友人たちも同意する。
 口々に試験の不満が噴出した。

「一般教養、地理、歴史、数学が午前中だろ。午後からは、国語と外国語?いったいこれは何の選抜だよ。外交官の募集だったか、これ。ただの姫のお飾りなのに、頭が痛いぜ」
「昼からも続くと思うと憂鬱すぎる」
「どんな秀才を求めてるんだ?騎士に家庭教師でもさせるつもりかよ」

 セルジオたちはグランドの脇の大きな楠の木に腰を据えた。
 他にも外に出てきている者たちも多い。
 試験さえなければ、空は雲一つなく気持ちの良い午後である。

 セルジオはサンドイッチを食べ終えると、腕を頭の下に組んで寝転んだ。
 周囲では午前中の試験問題の、気になる設問の答え合わせが始まっている。
 答えが分かれると、たいていはセルジオか、ルイの答えが正しい。
 セルジオの騎士になりたい意気込みは、身体を鍛えるだけでなく、手がとどく限り多方面に渡る。
 そんなセルジオでも、今回の問題は七割ほど正解できたらいいところであった。

「国の文官登用試験よりも難しいんじゃないか?」
 ルイがいう。
 彼は、今年から治安警察兵に入隊していて、文官の試験も受けていた。
 どちらも合格した真面目な友人である。

「確かにこんなに難しい筆記試験は今まで受けたことがないな。試験の種類も多い。もしかしてこれは落とすための試験というよりも……」
 セルジオは難問を出す出題者の意図を考えた。
「むしろ?何だって思うんだよ?」

 セルジオたちの話に割って入った者がいた。
 涼やかな声に、寝ていた者も頭を起した。
 声の主を探す。

 そいつは、楠の木の向こう側に幹を背にしていた。
 いかつい男たちの注目を集めたことに気にもとめていない。
 サンドイッチを、大口を開けて苦戦しながら食べていた。
 16、7の学生のようである。
 長い金色のまつげ。
 後ろで一つに束ねた短い金髪に、つんと突き出した鼻。
 木漏れ日の影をまだらに写した肌は、健康的に日焼している。
 横顔だけ見ても、美しく整った若者である。
 セルジオは小さく息を飲む。
 女だと思った。

 しかしながら、半分にしてもなお分厚いパンと肉の塊にかぶりつく姿に、即座にその直感を否定する。
 男たちを前に、ほおに跳ねた肉汁を舌を伸ばしてなめとり、油でとろつく口元を手の甲で拭う姿は、とてもセルジオの知る女たちには当てはまらない。
 つまり、色気がない。
 胸もない。

「誰だ」

 治安警察兵のルイの鋭い誰何に、金髪の若者は肩をすくめてみせた。
 慌てて手の中の残りのパンを口に詰め込んだ。
 案の定、むせ込んでいる。


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