総長様は可愛い姫を死ぬほど甘く溺愛したい。
そんな和やかな空気が流れていた空き教室に、突然扉が激しく開かれる大きな声音が響いた。
俺は大きな音のした方を素早く振り返った。
「っ……!?坂口、裕翔…っ!」
そこには、桜十葉ちゃんを抱きしめていた俺を鋭い瞳で睨みつける、ヤクザの息子、坂口裕翔が居た────。
「裕翔くん……っ!?」
桜十葉ちゃんは、俺から勢いよく離れた。
「桜十葉、帰るよ」
坂口裕翔は、恐ろしく怖い顔をして冷たい声でそう言った。パシッと桜十葉ちゃんの手を取った力がとても強かった。
桜十葉ちゃんはバツが悪そうに俯いて、その冷たい声と態度に傷ついたような悲しい顔をした。
坂口裕翔は桜十葉ちゃんを先に教室から出し、自分もそれに続いて出ようとした、その時────
「お前、いつまで俺の桜十葉の近くにいるつもりなんだよ?次指一本でも桜十葉に触れてみろ。……殺すぞ」
ヤクザの息子が言ったら、そんな言葉は洒落にならなかった……。俺の背筋が凍る。ドクドクドク、と嫌な心臓の音が耳にこだまして、冷や汗が垂れた。
桜十葉ちゃんは、怒らせてしまってらこんなにも怖い人と付き合っているんだ……。
これじゃあ、最初から叶いっこなかったな……。
俺は、桜十葉ちゃんの体温が残る腕を虚しく宙でぶらつかせた。
俺が最後に見た坂口裕翔の背中は、他の誰も持ち合わせない大きすぎるギャップを抱えて必死に生きてきた、世界一かっこいい男として瞳に映っていつまでも消えなかった。