*夜桜の約束* ―春―
「公演中は持っていてはいけないから、やっぱり彼女の車内にあったわ。で、思ったのよ。もし本当に団長さんの言う通りで、モモちゃんが合格してしまったら……組織の人は彼女の過去の足跡(そくせき)を消しに来るんじゃないかなって。だったら誰もいない車の中に放置しておくのもいけない気がして……凪徒くん、悪いのだけど持っていてくれる?」

「ああ……うん」

 少し気まずそうに受け取る凪徒。思春期の少女らしく愛らしいストラップやキラキラ光るシールで飾られたそれを手にすることに、微かに恥ずかしさが(にじ)み出た。

「でも何で俺に……?」

「だってそんな人達、遭遇したら怖いじゃない。それに凪徒くんはモモちゃんの──」

「まぁ……保護者みたいな者だしな」

 夫人の台詞を最後まで聞く前に凪徒は勝手に導いた答えで納得してしまい、彼女は苦々しい笑いでその横顔を見上げた。

 ──まったく、先が思いやられるわね。

 そしてまた、凪徒もふと別のことを思う。

 ──この昼飯の集まりを、モモが休んだことなんてなかったな……。

 そこにいる全ての面々が、消えてしまったモモの存在にそれぞれの思いを馳せていた──。



★多分夫人は「凪徒くんはモモちゃんの──『騎士(ナイト)』でしょ?」と言いたかったのだと思います。


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