カッコウ ~改訂版

 出産を3か月後に控えた春、孝明は名古屋へ異動の辞令を受ける。
 「俺、先に行くから。みどりは産まれて落ち着いてから来ればいいよ。」大翔を抱えての出産は、母の協力が必要だった。孝明は寛大に言う。
 「パパ、一人じゃ大変でしょう。」私が言うと、
 「俺よりみどりが大変だろう。大翔もいるし。早めにお母さんの所に行ったほうがいいよ。」孝明は大翔を抱いて言う。
 「ありがとう。私はまだ大丈夫よ。それにパパ、土日は帰って来るでしょう?」私が孝明を見つめて聞くと
 「もちろん。ヒロ君に会いに来るよね。」と孝明は大翔の頭を撫でた。
 銀行員は転勤が多い。入行して6年目の孝明も、そろそろ転勤だと思っていた。ただ少し遠いから。私達は少し戸惑ったけれど。優秀な行員ほど色々な地方を歩くという。孝明にとって、むしろ嬉しい転勤だから。
 「やっぱり私も一緒に行くよ。」私は孝明を見る。孝明と離れることが急に怖くなって。今まで私は、孝明に与えられるばかりで何もしていない。やっと私から孝明に与えることができると思ったのに。だから離れたくない。
 「知らない土地で大翔抱えて、何かあったら困るでしょう。俺は大丈夫だから。今は元気な子供を産むことが一番だよ。」やっぱり孝明は優しい。
 「孝ちゃん。」私は涙汲んで孝明を見つめた。私は信じていた。幸せな生活はずっと続くことを。
 
 7月のはじめ、私は二人目の子供を出産した。孝明によく似た顔立ちの元気な男の子。出産には間に合わなかったけれど、翌日孝明は駆けつけてくれた。
 「みどり、お疲れ様。」どこか大翔にも似ている赤ちゃんを抱きしめて、孝明は言う。
 「また男の子だったね。」と私が言うと
 「男の子は可愛いよ。ヒロ君のお下がりも使えるし。」と孝明は微笑む。
 「孝ちゃん、名前決めてね。」私が言うと、孝明は得意気な笑顔で
 「決めてあるよ。悠かに翔ぶでハルト。どうかな。」と言った。
 「いいね。この子はハル君だね。」私も笑顔で、孝明に抱かれる悠翔の頬を触る。悠翔は正真正銘の孝明の子だから。やっと自分の子供を抱かせてあげることができた。
 悠翔の誕生は私を変えた。私の中のわだかまりが少しずつ消えていく。私は大翔を孝明に育てさせている負い目を感じなくなっていった。悠翔にとって大翔は兄弟だから。 
 
 悠翔が3カ月になると、私は名古屋に引っ越した。慣れない土地で小さな子供を抱えての生活は、大変なことも多い。でも社宅の人達は思った以上に親切だった。孝明も子育てに協力的で私は満足していた。
 日々、成長する子供達。家族を温かく包んでくれる孝明。孝明の仕事は順調で収入も多い方だった。私は毎日幸せだった。
 「大翔、運動音痴だよね。ママに似たのかな。」子供達を公園で遊ばせていた孝明が言う。
 「ヒロ君はパパに似て頭脳派なのよ。」私は、そんな風に言い返せるくらい気持ちを切り替えていた。
 大翔は慎重で外遊びよりもブロックなどの細かい遊びを好んだ。悠翔は活発で外を駆け回ることが大好きだった。スポーツ万能な孝明に似て好奇心も旺盛だった。
 性格は違っても孝明が愛情を注いでくれる二人は、優しく真っ直ぐな子に育っていった。大翔は悠翔を可愛がり、悠翔は大翔を尊敬している。やっと普通の家族になれた。そう思うことが、私を明るくしていた。
 

 





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