カッコウ ~改訂版

 土曜日は孝明と横浜に行った。今回は電車で。途中の駅で待ち合せて、手を繋ぎ歩く。最初は二人とも少しぎこちなくて。それも新鮮だった。孝明はいつも穏やかで、落ち着いた優しさで私を包んでくれる。
 中華街でランチをして、横浜の街を二人で歩く。秋の夕暮れは早くて、あっと言う間に日が落ちていく。
 「これから俺の部屋に来ない?」山下公園を歩きながら、孝明が言う。そっと、私の肩を抱き寄せて。私が甘く頷くと、孝明はキスをした。
 孝明の部屋に行くということは、結ばれるということ。私は理解していた。もう子供じゃないのだから、大丈夫。体ごと孝明に預けたら、茂樹を完全に消すことができるかもしれない。
 孝明とのデートは楽しくて。私はずっと一緒にいたいと思っていたから。私の全部を孝明に向かせてほしい。茂樹のことなど、どうでもいいと思えるように。
 まだ完全に茂樹を消すことができていないから。茂樹からのメールに、心が動いてしまったから。私は孝明に期待する。私を夢中にしてほしい。茂樹に揺れ動くことがないように、熱く満たしてほしいと。
 高円寺の駅前で夕食を済ませて、孝明の部屋に向かう。
 「ねえ、孝ちゃんの部屋、綺麗?」緊張を隠すように私は明るく聞く。
 「物が少ないから。殺風景だよ。」孝明は笑いながら言う。
 「掃除とか洗濯、面倒じゃない?」並んで歩きながら私が言うと、
 「仕方ないよ。一人だから。」と孝明は言って、その後の言葉を飲み込む。私が問いかける目をすると、控えめに首を振る。孝明が言わなかった言葉を考えると、私の心は甘く満たされる。
 「私にやってほしい?」上目で孝明を見つめて私は言う。孝明は頷いたあとで、私の頭を抱き寄せた。
 
孝明の部屋は、1DKのアパートの借り上げ社宅。確かに殺風景だけれど清潔に整頓されていた。部屋に入って、
 「綺麗にしているじゃない。」と言う私を孝明は抱き寄せて、熱くキスをした。
 その夜孝明は、優しく私を抱いた。若い体はせっかちで、私を待てずに果ててしまう。そんな激しさも、私は嬉しかった。そして優しく抱き合っていると、すぐに次を求められて私は驚く。
 茂樹はいつも長い行為を一度きりだったから。私が熱く潤うまで時間をかけて、私の反応を一つずつ確認するような愛し方をした。だから孝明の、堪えきれない迸る愛に私は熱い思いで満たされた。
 「みどり、このまま泊まれない?」二度目の愛を交わしたあとで孝明は言う。
 「いいよ。家に連絡するね。」私も甘く答える。短時間に2度も愛を交わした体は、気怠くて。とても埼玉まで帰る気にはなれなかった。
 私が母に電話し終えると、孝明は嬉しそうに私を抱き寄せた。
 「みどり、何か飲む?」薄灯りの中、全裸で冷蔵庫まで歩く孝明。若く締まった体は健康的で、私は見惚れてしまう。茂樹の体は年相応に緩んでいたから。こんな風に全裸のまま動くことはしなかった。
 「お水がいい。」私はベッドに潜ったまま答える。
 「はい。」とペットボトルを渡す孝明は、少し照れた笑顔で。布団を胸まで引き上げてベッドに寄り掛かる私の髪を優しく撫でてくれる。私の胸を愛しさが湧き上がる。
 まだ馴染んでいないから。茂樹とのような絶頂感は得られなかったけれど。結ばれた後の一体感は、むしろ茂樹よりも深い。真っ直ぐ私だけを見てくれる孝明だから。私は体以上に心が結ばれたことに、強く驚いていた。
 その夜は何度も求められ、気を失うように眠った二人。私にとって初めての経験だった。朝日に目覚めた私が、ベッドを下りようとすると孝明が腕を引く。そのまま、もう一度熱く抱かれて。孝明の若さと健康に私は驚いていた。
 「孝ちゃん、バイト行けなくなるよ。」私はぐったりと孝明にもたれて。孝明は優しく私の頭を抱きしめた。
 「ごめん。」と言って髪を撫でる。
 「シャワー借りてもいい?」私が聞くと、やっと体を離す孝明。私は満足していた。抱かれて良かったと思っていた。このまま孝明を愛せる。茂樹と別れられる。熱いシャワーに打たれながら、私は充実感に涙汲んでいた。
 
 私は孝明に合せて、土日はアルバイトのシフトを外した。二人で過ごす週末は穏やかに優しくて、私を甘く癒してくれる。
 街を歩いて食事をして。その後は、孝明のアパートで寄り添って過ごす。映画を観たり音楽を聴いたり。そして、いつの間にか熱く愛し合う。そんな時間に孝明も私も満足していた。
 私が長い間、拒んでいた平凡な時間。それはとても温かくて。私は寛いで、優しく満たされていく。孝明が私を大切に思ってくれるから。みんなの特別じゃなくても、誰かの一番でいい。
 「毎週、泊まっていて大丈夫?」二人で迎える三度目の週末に、孝明に聞かれて。
 「大丈夫。当分、土曜日はバイトの子の家に泊まるって言ったから。」私が笑顔で答えると、
 「嘘つきだ。お母さん、気付いているよ。」孝明は甘く私を見つめる。
 「いいの。孝ちゃんと一緒にいたいから。」私も孝明に寄り添う。
 「ありがとう。」と言って私を抱きしめる孝明。そんな時間の私はとても幸せだった。
 
 








< 8 / 26 >

この作品をシェア

pagetop