くたびれOL、魔王様の抱き枕を拝命いたしました!?
「お話し中すいません、今日ですが……」
「山田さん」

 勇気を出して声を掛ければ、上司は一変して厳しい表情を理子に向ける。

「ここの計算間違っていたぞ」

 上司が見せてきたExcelで作成された書類を、ざっと目を通した理子は苛立ちから眉間に皺が寄せた。
 こんな出来の悪い書類を作った覚えはなかったからだ。

「こんな簡単な計算をミスっていたら、直ぐに高木さんに追い抜かれるな」
「もーそんなこと言ったら山田先輩がかわいそうですよぉ」

 さらに、気を良くしたらしい高木さんはニヤリと笑うと、ぱくぱくと理子に向かって声には出さずに唇を動かした。

 高木さんの唇を見て、理子は音をたてて血の気が引くのが分かった。
 生じたのは怒りより恐怖。
 何故なら、嬉しそうに笑みを浮かべる彼女の口の動きから読み取れた台詞は……

 “ざまぁ”



 結局、早退は言い出せずに理子は残業をする羽目になった。

 帰宅途中の電車では眠ってしまい、危うく最寄り駅で降りそびれそうになるし体調は悪いし、本当に散々な一日だった。
 足元をふらつかせて帰宅し、顔を洗ってすっきりしようと洗面所へ向かう。

「ひどい顔」

 鏡に映る顔色はとても悪く、肌荒れも目の下の隈も、化粧で誤魔化しきれていない。
 睡眠不足と食欲不振で、すっかり窶れて不健康そうな自分の姿。
 無理やり笑ってみても卑屈そうな、ぎこちない笑みにしかならならず、理子は手のひらで顔を覆った。

「はぁ……」

「異動時期まであと少しだから頑張る」「ボーナスまでは頑張る」なんて、心配してくれる香織や仲の良い先輩達に言っているが、そろそろ限界なのは自分が分かっていた。

「期待している」と誤魔化されていても、上司が率先して行っているのは所謂、パワハラ、イジメというもの。
 部署の一部の人達は傍観者、理子をスケープゴートにして平穏に過ごしているのだ。
 高木さんは上司と結託して、理子を見下し優越感を得ていると考えなくても分かる。

 社会人にもなってイジメだなんて何て弱くて気持ちが悪い人達。
 人事や信頼出来る女性管理職に訴えて戦おうにも、連日の残業により理子は心身ともに疲れていた。

「もう、辞めようかな」

 辞めるにしても引き継ぎ等もあり、最低一ヶ月はかかる。
 医師の診断があれば、残っている有給休暇を使えるかもしれない。
 明日の仕事後か、週末に病院へ行って診断書を書いてもらうか。

「三年は頑張るって決めていたのに」

 辞職理由がイジメなんて情けない。
 理由を伝えたら実家の父親は激怒し、理子よりも姉を溺愛している母親は退職理由よりも中途退職した事実に眉を顰めるだろう。

(お母さんとお姉ちゃんとの関係で自分は打たれ強いと思っていた。何を言われても受け流せるって、でも、本当はこんなにも弱い)

 鏡に映る理子の目から、涙がポロポロと零れ落ちた。
< 17 / 153 >

この作品をシェア

pagetop