くたびれOL、魔王様の抱き枕を拝命いたしました!?
「もう、何を言っているのよ!」
 
 付き合う前に体の関係は持ちたくない。何故ならば、気持ちの確認より先に体の関係を持ってしまったら、相手に情が湧いてしまう。
 好きで無くとも情が湧いたら、好きだと勘違いしてしまうから。体の関係はになるのは、相手と気持ちを確認してからだと思っていた。それなのに。
(どうしよう。想像しちゃった)
 自分に覆い被さる、綺麗で残酷な魔王様の姿を。

「相変わらず固いなぁ。で、気になっている人達はイケメン? 写真は無いの?」
「ええっと、爽やか好青年と凄い美形だけど……凄い美形の方は、下手したら縛られて監禁されそうな。って、紹介しないからね」
 本性は兎も角、黙っていたら可愛らしい姉を紹介したくもない。イケメン好きな亜子は、爽やかな山本さんより魔王に飛び付いていくだろう。魔王が嫌いそうなタイプの亜子が、彼に言い寄って引き裂かれる姿が目に浮かぶ。
「ヤンデレ属性か! ヤンデレはな~そっちの趣味は無いからな、爽やか好青年がいいや」
「だから、紹介しないよ! 亜子お姉ちゃんが身辺整理をしてくれなきゃ無理だって」
 このどうしようもない姉は、早く実家に帰って欲しい。明日には帰らせようと理子は誓ったのだった。

 姉との不毛な会話を繰り広げたせいで終電を逃した理子は、タクシーを利用するというお財布に優しくない方法で帰宅した。
 帰宅後も姉の愚痴を聞かされた理子は、朝方近くになってから漸く愚痴から解放されて、眠りに就くことが出来た。
「うえ~ん、たか君寂しかったよぉ! だから誤解だって言ったじゃない」
 甲高い話す声とぐずぐず鼻を啜る音が近くで聞こえ、理子はベッドの上でタオルケットを頭から被ろうと身動いだ。
 眠りの中にいたいのに、誰かが理子の体を揺さぶる。
 苛立ちつつ目蓋を開けば、素っぴん眼鏡の姉、亜子が泣きべそでしがみついてきた。
「仲直りできたよー理子ちゃんのおかげだわ。ありがとう~! たか君迎えに来てくれるって」
 えーん、と泣き出した亜子を、理子は冷たい目で見てしまった。
「そう、良かったね」
 全くもって今回の家出は茶番だった訳か。
 そんなことはどうでもいいから、ゆっくり寝かして欲しい。
 二度寝をしようと、目蓋を閉じた理子の肩を亜子は二度揺する。

「理子ちゃんっ! 私も解決出来たし、悩んでいるならさっさと行動しなさいよ! 動くのが遅いと誰かに持ってかれちゃうし、ヤンデレ属性の場合は、外堀を埋められて縛り付けられて、ヤバイと気付いても逃げられなくなるかもよ?」
「ヤンデレ?」
 何だそれは? 経験豊富な姉が嫌がるような嗜好の持ち主のことか。外堀を埋められるのも、縛り付けられるのは嫌だ。
「私は理子ちゃんが泣くのは嫌だからね」
 渋々ベッドから起き上がった理子を、亜子はぎゅうっと抱き締めた。
 その後、たか君に迎えに来てもらい上機嫌で亜子は実家へと帰って行った。
 「ご迷惑をおかけしました」と、菓子折を持参した婚約者殿は、恋愛が絡むとネジがぶっ飛ぶ姉よりはマトモな人だ。
 自由奔放な姉が落ち着くため、父親の心の平穏のためにも、今後二人が上手くいってくれる事を後ろ姿に祈っていた。
「疲れた……毎回毎回、嵐みたいな姉だ」
 敷きっぱなしの布団や亜子が散らかした雑誌を、理子は文句を言いながら片付ける。
 雑誌を本棚へ並べながら、ふとタンスの後ろの壁に残る防音シートの貼りあとが視界に入った。
(魔王様、昨日はどうしたんだろう?)
 昨夜は、ダイニングバーで亜子の愚痴を聞いていて、部屋には居なかったから召喚されなかったのか。
 もしや、喧嘩をふっかけた理子に愛想を尽かしたのか。それとも、次会ったときは不機嫌な顔をされるのか。
「体の相性! 二人と試してみたら?」
 亜子の言葉が脳裏によみがえって、理子の頬に熱が集中する。
 そんなことを試せる訳がない。山本さんに迫るのも無理だし、魔王と関係を持ったら死ぬ。
 チェストの上に置いてある、洗い方が分からなくてクリーニングに出そうと畳んであったネグリジェを手に取り、両手で抱き締める。
 ネグリジェからは、ふんわりほのかに残った薔薇の香りがした。
「……寝よう」
 昨夜は、ほとんど寝ていないから人肌恋しいと思ってしまうくらい、思考が変になっているんだ。
 少しだけ寝ようかと、理子はネグリジェを抱きしめたままベッドへ横になった。
 完全に、意識が夢の世界へと行った理子の周りが朱金の光に包まれていく。
 魔方陣が展開されるのを、眠る理子は全く気付かずにいた。

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