くたびれOL、魔王様の抱き枕を拝命いたしました!?
 誰かが眠る自分の髪を撫でる。
 その優しい手つきに、理子は髪を撫でる大きな手に触れた。
 低めの体温、少し筋ばった長い指。いつの間にか、この手に触れられると安堵するようになっていた。

「……?」

 違和感を覚えて、理子の意識は浮上していく。
 目蓋を開けば、寝入る前に見ていた小花柄のベッドシーツとは異なる、滑らかな肌触りの白いシーツが広がっていた。

 目覚めて直ぐに、魔王の寝室だと気付きいつの間に召喚されたのかと、脳裏にハテナマークが浮かぶ。

 顔を動かして、召喚者を探していた理子はたっぷり数十秒固まってしまった。
 召喚者の魔王は、すぐ傍に、ベッドの端へ腰掛けて理子を見下ろしていたのだ。

「魔王、様?」

 いつもと違う彼の雰囲気に戸惑い、目を見開いて見とれてしまった。

(綺麗。昼間というだけで、別人みたいだ)

 テラスへ繋がる大きな窓から射し込む陽光の下の彼は、相変わらず羨ましくなるくらいの美貌で。
 夜間、ほの暗い室内での幻想的な美しさとは異なる、生命力に満ちた美しさだった。

 夜間は燐光を放つ銀髪は、陽の光によってキラキラと煌めいていて、眩しさで理子は目を細める。
 着ている服も、首回りがゆったりした寝間着とは違う、詰襟の黒地に金の紋様が入った軍服のせいか夜間の魔王より男性的に見えた。

 なるべく彼を意識しないように、理子は下を向いて上半身を起こした。

「どうして?」

 今は昼間。
 この時間帯に此方へ喚ばれたのは初めてで、改めて豪華で中世の王様の部屋といった魔王の寝室を見渡した。
 こんな豪華な部屋で魔王と一緒に寝ていたとは、慣れとは恐ろしい。手元にスマートフォンがあれば写真に残したいくらいだった。

「理子の気配が部屋にあったから、此方へ喚んだ」

 ベッドの端に腰掛けていた魔王は立ち上がり、じっと理子を見下ろす。
 昨夜、不在だった事を責められているように感じて、理子は目を逸らした。

「昨夜は、その、姉が来ていたから外へ出ていたの。だから、」
「珍しい格好だな」

 しどろもどろになって不在の理由を話す理子に、魔王は柔らかな笑みを向けた。

「今日は、休みの日だから、わ、私だってたまには、お洒落もするよ?」

 向けられたやわらかな笑顔に、理子の心臓が跳ねる。動揺して若干上擦った声が出てしまった。

 今の理子の服装は、可愛いパフスリーブのカットソーに姉の亜子と一緒に買い物へ行き、勧められるまま買ったAラインのチュールスカートを履いて、たか君を待っている間の暇潰しと称して亜子から念入りなメイクを施されていた。
 お風呂上がりの素っぴんか、仕事後の草臥れた姿しか見ていない魔王には、珍しい姿に見えるのだろう。

 珍しいじゃなくて、少しは何時もより可愛いとか綺麗だと言って貰いたいと拗ねた気持ちを抱いてしまい、理子はハッと我にかえった。

(私、魔王に何を望んでいるの。彼は私を女としては見ていないのに)

「魔王様だって、寝間着以外は初めて見たよ?」

 軍服フェチでは無いが、かっちり黒い服を着こなしている魔王は文句なしに綺麗で格好良い。
 ゲームのラスボスがこんなに格好良くて色気もある男性だったら、魔王がこんなに綺麗だったら、理子は倒せないと思う。
 魔王様じゃなくて、マントを羽織って腰に剣を挿したら騎士様にも王子様にも見える。

『体の相性、試してみなよ』

 不意に、亜子の言葉が脳裏に蘇ってきて一気に顔に熱が集中した。

(ぎゃー! 亜子お姉ちゃんの馬鹿!)

「どうした?」
「な、何でも無いっ」

 真っ赤に染まった顔を見られないように、理子は気持ちが落ち着くまで俯き、垂れてくる髪で隠した。

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