くたびれOL、魔王様の抱き枕を拝命いたしました!?
「……王女でなかったら、あの女は即消していた」

 あまり感情を出さない魔王に顰めっ面をさせるとは、どんな王女なのだろうか。王女様というカテゴリーの人に会ったことがないせいか、純粋な興味が湧く。

「王女様ですか。王女様と魔王様の会食は華やかだったでしょうね」

 高貴な方々の晩餐会の様子はテレビで見た事がある。たしか、豪華絢爛な部屋で最高級の食事を紳士淑女が頂くといった内容だった。

「華やか、だと?」

 髪を弄る指を止めた魔王は、嫌そうに目を細めると眉間に皺を寄せた。

「喧しくて鬱陶しい女との会食などただの茶番だ。お前と食べた方が余程面白いだろうな」

 喧しくて鬱陶しいと酷評された王女様は、一体何をやらかしたのだ。薔薇園で会った、王女の相手をしていたというキルビスも物騒な発言をしていた。

(王女様より、私との食べた方が良かったと思ってくれるのは、正直、嬉しいな)

 ゆるむ口元を抑えようとして、理子はあることに気が付いた。

「うん? 面白い?」

 面白い、とは魔王の中では誉め言葉なのか。
 肩に回された腕の力が弱まり理子はチャンスとばかりに、両腕に力を込めて押し付けられていた魔王の薄付きだが筋肉質の胸から上半身を離した。
 出来ることならば膝の上から下りたいが、それは許してくれないだろう。

「魔王様、今日は私の暮らしている世界では経験出来ない事をいっぱい出来て良かったです。でもですね、いろんなヒトに勘違いされちゃったのは困りました」
「勘違いだと?」

 全く分かっていない魔王に、理子はつい唇を尖らしてしまった。

「魔王様が勘違いされるような言動をするから、皆さん勘違いして……その、寵姫と呼ばれた時は驚きました」

 平凡で地位も無い理子を特別待遇するなと言っても、魔王から好待遇を受けていたら誰だって特別な関係なのだと勘違いをする。魔王の特別な相手、恋人の関係なのだと。

「ああ、キルビスがリコは寵姫なのかとしつこく訊いてきたな」

 ああやっぱり、と理子は息を吐いた。
 キルビスは去り際に勘違いした事を口走っていたから、理子が元の世界へ戻ったら皆の誤解を解いて欲しいと、魔王に頼まなければ。

「ほら、勘違いされちゃったじゃないですか。今後、魔王様に好きな人が出来たらどうするんですか」
「今後だと? お前は本当に、残念な女だな」

 呆れたように言う魔王の声がワントーン低くなる。

「勘違いか。勘違い、とは言えないようにしてやろうか」

 髪から指を離した魔王は、理子の右手の指に自身の指を絡める。

「魔王様?」

 急に艶っぽい瞳で見下ろされ、湧き出てくる魔王の色香に背中がぞくりと粟立つ。
 本能が危険信号を点滅させているのに、腰に回された腕には力がこもり逃げられない。

「えっ? 手を出さないって、私、死んじゃうって」

 急に近くなった魔王の距離と、頬に感じる彼の吐息に理子は戦慄する。

「共に過ごすうちに、我の魔力が体に馴染んできた筈だ」

 ちゅっ

 一瞬だけ重なった唇は、リップ音を立てて離れていく。

 目を瞑る間もなく降ってきた口付けに、理子は固まってしまった。

「もう少し深く、試してみようか」

 耳に唇をつけて流し込まれた声に、感じ取った体温に、脳が沸騰する。
 どうしようもないくらい真っ赤に染まった理子は、言葉を忘れて呻き声を漏らした。

 魔王は理子の肩口に顔を埋め、小刻みに肩を震わす。

「くくくっ、冗談だ。今はまだ、逃してやる」
「くぅ~! 魔王様の馬鹿っ!」

 遊ばれたのだと分かって、不敬でも何でも殴ってやろうかと握った拳は、大きな手のひらに包まれた。

「リコ」

 再びへの字に結んだ唇に柔らかな感触が触れる。

「眠い。寝るぞ」

 脱力した理子を縦抱きにして立ち上がった魔王は、彼女の返事を待たずに歩き出す。
 途中で縦抱きから横抱きへと変更された理子は、あっさりとベッドへと連行されるのであった。

(もう、三連休でのんびり買い物へ出掛けようかと思っていたのに、全く休めて無いじゃないの)

 異世界、それもラスボスの魔王に甘やかされるという、貴重な体験は出来たが心身共に疲れた。
 自分でも砂を吐きそうなくらいの、甘い砂糖菓子の様な展開は何なのだろうか。
 二人の関係について、周りの人達に勘違いされているとか色々話し合いたかったのに。

 こうして、山田理子の連休は終わったのだった。
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