くたびれOL、魔王様の抱き枕を拝命いたしました!?
翌日も仕事ということで、早目に帰路についた理子は帰宅して直ぐに浴室へ向かった。
 入浴を済ませ、ベッドに腰かけていた時に召喚の魔方陣の気配を感じ、急いでに置いてあった冊子に手を伸ばす。
 異世界にはこんな内容の本は無いだろうから、この冊子を魔王に手渡すためにと、腕を伸ばして何とか冊子を掴むことに成功し、魔方陣の朱金の光に飲まれていった。

 ぼよんっ

 相変わらずベッドの上へ落ちた理子は痛む鼻を擦りつつ、冊子を持ち込めた事にニヤリと口角を上げる。
 上半身を起こして、何時も通りソファーに足を組んで座る魔王を見上げた。

「魔王様こんばんはっ」

 挨拶をする理子に向かって魔王は「ああ」と頷き、右手を差し出す。

「リコ、来い」

 短く命じてくるのも、何時もの事。
 ベッドの下に用意されている花の刺繍が入ったルームシューズを履いて、ソファーに座る魔王の元へ向かう。

 ふわり

 魔法の風が理子を包み込み、半乾きの髪をさらさらに乾かしていく。
 艶々さらさらの髪から仄かに香るのは、ラベンダーのフローラルで柔らかで落ち着いた香り。
 理子の髪の香りは、魔王の気分によって変わる。

(すっかり、髪の毛を乾かして貰うのが当たり前になっちゃったな)

 ほぼ毎夜、魔王に乾かしてもらっていせいかありがたいことに理子の髪は何もしていなくても、美容院でトリートメントしたように艶々になっている。

「それは?」

 ラベンダーの香りがする髪に触れて、ニコニコと笑顔になる理子の手元を魔王は見る。
 召喚された時に急いで掴んだ冊子。
 召喚時に触れている物は、この世界へ持って来られる。

「さっきまで読んでいたから一緒に来ちゃったみたい。これは、冠婚葬祭マナーbookです。今度、友達の結婚式でスピーチを頼まれているからマナー本を買ってみたの」

 折り目が付いてしまったマナー本の表紙を見せた。
 本の文字は日本語で書かれているが、理子と繋がっている魔王は異世界召喚特典なのか、お互いの言葉と文字が理解できるのだ。

「付録に付いていた婚活特集の冊子、魔王様にあげます」

 マナー本に挟まっていた、一回り小さな冊子を魔王に手渡す。

「婚活?」
「私の住んでいる国の言葉。より良い結婚相手を見付けるための活動を婚活って言うの。役に立つかもしれないから、暇潰しに読んでみてください」

 ニッコリ笑顔で言う理子に、魔王は冷笑を返す。

「不要だ」

 ボッ
 魔王の手の中に現れた炎が一気に冊子を燃え上がらせた。
 一瞬のうちに冊子は灰と化して、消えた。

「あー! 私もまだ読んでないのにー」

 いきなり燃やすとは、何ていう事をするんだと、睨む理子に魔王は片眉を器用に上げた。

「お前も必要無い」
「魔王様は必要無くても、私には必要なの。私だって素敵な彼氏が欲しいしいつか結婚したいし、だから、」

 不貞腐れて横を向けば、魔王の指が理子の顎にかかり強引に上向きにされる。

「んっ」

 下唇に噛み付くように重ねられた唇は、すぐに離れて二度重なる。

「黙れ。その喧しい口を永遠に塞ぐぞ」

 無表情のままで、背筋が冷えるくらいのワントーン低い声は、怒りを抑えているためか。
 魔王から発せられる圧力に、ひっ、と叫びそうになる悲鳴を理子は何とか喉の奥へ押し込めた。

(ヤバイ。これは相当怒っていらっしゃる?)

 このままでは婚活冊子みたいに消されるか、鎖で拘束されるか監禁されるかもしれない。
 謝り倒すか泣き落としか、どうしようかと半ばパニックになりかけて理子の顔色は赤から青に変わる。

 半泣きになっている理子の耳元へ魔王は唇を寄せた。

「このまま朝まで虐めてやろうか」

 低く、抗えない色気を含んだ声を耳から流し込まれ、理子の体の奥がぞくりと震える。
 顎を捕らえる手にそのままに、もう片方の手のひらが理子の太股を這うように撫でた。
 その手つきの厭らしさに理子の思考は爆発した。

「ぎゃああっ! 魔王様のばかぁ~!」
「くっ、くくくっ」

 泣き出した理子を抱き寄せて、魔王は肩を揺らして吹き出した。
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