くたびれOL、魔王様の抱き枕を拝命いたしました!?
 お盆休み一日目。

 魔王シルヴァリスに危うく抱き潰されるそうになった後、揃いのエプロンドレスを着用した五人もの侍女を従えた琥珀色の髪を引っ詰め髪に結った、見た目は四十代前半くらいの女性が部屋を訪れた。

 お召し替えするために大人数の女性が世話をしてくれるとは、流石魔王様だなと理子は彼女達を横目で見つつシルヴァリスから離れようとして、離れられなかった。

「えっ? ちょっと魔王様?」

 離れるより早く、シルヴァリスの腕が理子の腰に回されたのだ。
 見られているのに引っ付いているだなんて、シルヴァリスはどういうつもりなのか。離れて欲しいのに、シルヴァリスの腕は離れてくれない。

 狼狽える理子を見て楽しんでいるシルヴァリスの前へ、表情を変えずに進み出た年嵩な女性は恭しく頭を下げる。

「寵姫様も御召し替えをいたしましょう。御部屋まで私が御案内いたします」

 何故、魔王ではなく自分が頭を下げられるのか。
 寵姫ではないと言いたくて、理子はシルヴァリスを見上げる。

「では、後程な」

 困惑している事には気付いているはずなのに、シルヴァリスは求めている説明はしてくれずにせず、理子の額に口付けを落として彼女の腰から腕を外した。



 ***



 シルヴァリスの側から離れた理子へ、エプロンドレス姿の女性達は深々と頭を下げた。

「わたくしは、侍女長を任されましたマクリーンと申します。ご不明な事がありましたら、何なりとお申し付けくださいませ」

 侍女長マクリーンの案内で、魔王の寝室の隣室へ足を踏み入れた理子は可愛いらしい室内を見渡して、感嘆の息を吐く。

 小花柄の壁紙、艶を押さえた銀の装飾が可愛らしいチェスト、淡いピンク色のヴェールが重ねられた天蓋付きのベッド。
 香織と一緒に泊まった洋館ホテルの可憐な部屋は若いお嬢様の部屋だったが、この部屋は高貴な婦人か王妃様の部屋の様だ。

「凄い……でも、何で隣なの?」

 滞在する部屋は特に拘らないしお任せすると伝えていたが、豪華過ぎで魔王の部屋の隣は近すぎではないか。
 部屋の内装や、侍女長と侍女二人が案内をしてくれたという事で理子は嫌な予感がしてきて、今すぐ逃げ出したくなっていた。

「此処は、正妃様の部屋でございます」

(あああー! やっぱり!)
 
 頭の中から音をたてて血の気が引いていくのが分かった。

「正妃様? ならば、わ、私が使うのは駄目ですよ」

 いくら周囲から魔王の寵姫と思われていても、正妃様の部屋を使うなど身の程知らずな事は出来ない。

「いいえ、駄目な事はありません。魔王様が寵姫様であるリコ様のためにと、この部屋を整えられたのです」
「魔王様が、私に? 本当なの?」

 両手のひらを、ぎゅっと握り締める。嬉しい反面、寝るときに近くに置いていた方がいいからじゃないのかと、尖った考えが浮かぶ。

「その通りでございます」
「寵姫様は魔王様の大事な御方ですから」

 扉の前に控えていた侍女二人が揃って口を開く。
 その声に聞き覚えがあり、理子は初めて侍女の顔をしっかり見た。

「貴女たちは……」

 髪型と服装は前とは違うが、彼女達は以前理子の世話をしてくれたメイド達だった。

「今日から寵姫様の身の回りのお世話を致します者達でございます。何なりと用をお申し付けください。貴女たち、ご挨拶をしなさい」

 マクリーン侍女長が指示をだすと、二人は理子の前へ進み恭しく頭を下げた。

「エルザでございます」
「ルーアンと申します」

 栗色の前髪が真っ直ぐ切り揃っている方がエルザ、茶髪の前髪を上げて少しつり目のキツイ印象の方がルーアンと名乗った。

「よろしくお願いします」

 二人に向かって理子は頭を下げる。無表情だったマクリーンは驚き、目と口をポカンと開く。

 その後、甲斐甲斐しく世話を焼こうとするエルザとルーアンに圧されてしまった理子は、一人で着替えるのを諦めて大人しく彼女達の着せ替え人形となるのだった。

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