策略家がメロメロ甘々にしたのは強引クールなイケメン獣医師
 卯波先生に相手にしてほしいの。ふだん、素っ気ないから。

「我慢するなよ、痛いときは痛いって言え。そのときは、俺がなんとかする」
「はい。本当は、とても優しい卯波先生」

 顔も上げずに、ただただ処置を施す横顔。
 あれえ、私の言葉が聞こえないの? そんなわけない、とぼけちゃって。

 外見も性格も技術も、なにもかもで褒められ慣れしているでしょうに。

 さあ、なんて切り出そう。
 心の準備も整い、荒い鼻息が聞こえそうな大きな息を吐いて、ちょうど今、話しかけようとした瞬間。

「いらない」
 おっと。
 いつでも走り出せるように、つま先に力を入れていたところを、止められたみたいだよ。
 前のめりにコケるかと思った。

「いらない?」
「お返し」
「どうして?」
「いらないから、いらない」
「や、そっちじゃないです、どうして?」
「さあ」
 あれ、またとぼけた?

 どうして私の考えていることが、わかったのかってことが不思議なの。
 え、口に出したっけ?

 私、自覚ないまま独り言が、だだ漏れ状態なのかな。
「とにかく、お返しがしたいんです」

 私の言葉に、ようやく顔を上げた切れ長の二重瞼の目が、私の目を見つめる。

 たまにしか目と目が合わない卯波先生だと、ごく稀に見つめ合うと、どきどきしちゃうの。

 だから、そんな優しい目で見つめないでほしいの。どうしたらいいか困るし。

「緒花くんが喜ぶなら、それでいい。気持ちだけいただく」
「感謝の気持ちを形に表したいんです」

「十分に形になっている、その嬉しそうな笑顔だ」
 静かに首をくいっと、私に向けて振ってきた。

 最近、わかってきた気がする。
 笑わない人でも、優しい人は瞳の奥に優しい性格が出るってね。

 どきどきしているのに、卯波先生に見つめられると、吸い寄せられるように目が逸らせなくなる。

 それで、必然的に卯波先生の瞳の奥を、ずっと見つめているのかな。

「私は、卯波先生から動物看護師としての在り方を教えていただいてます」
「で?」
 で? 呆れた意味の()なの?

 それとも、つづきが聞きたい意味の()なの?

「つづき」
「あ、つづきか。卯波先生は、私から嬉しそうな笑顔を受け取ってる」
 卯波先生に向けて敬語も使わず、自信満々の演説もどきの私。

 処置中の卯波先生の口角が微かに、ぴくりと上がったのを見逃さない。
 今ちょっぴり笑ったよね。
 って、つづきって答えたよね。またわかったの?
< 29 / 221 >

この作品をシェア

pagetop