策略家がメロメロ甘々にしたのは強引クールなイケメン獣医師
 私の左手首を、卯波先生の親指と人差し指が、すっぽり包み込んで握っているから。

 なんて強引なの。

 (はな)から断られるなんて頭にない、憎らしいほど見せつける自信に、身も心ももっていかれる。

 なにか決意が固まったみたいに、その足取りはしっかりと地に着いていて、勝ち誇ったように廊下を蹴り上げて闊歩する。
 
 私を強引に引っ張ることはしないで、歩調はゆったりさせてくれるところは、卯波先生らしい優しさ。

 なんて感心している場合じゃない。

 尋常じゃないくらい、胸が激しく鼓動を繰り返して、時期外れに凍えるような震えが止まらない。

「卯波先生、手」

 右手で私の左手首を握っていたのに、いつの間にか、私の左手をつないでいる。
 私は、自分の意思でつないだ手から逃げなかったの?

「それも、きみには断る理由がないからだ。それとも理由づけが必要か?」

 どうしてって言葉が呪文みたいに、頭の中をぐるぐる駆けずり回る。いったい、どういうことなの?

 振り返ることなく前を向き、廊下を歩くうしろ姿に疑問符を投げる。

「きみが、俺と手をつなぎたがったからだ」

 待って待って。言ってないのに、どうして私の心がわかったの?

「考えている時間がもったいない。覚えておけ、覚悟を決めた人間は、圧倒的に決断が早い」

 通用口を出ると、伸びやかな長身のすらりとした長い足が、そのまま大通りを闊歩する。

 しかも、貴公子然とした美形なもんだから、目立つ。
 この人の日常は素人なのに、こうして道行く人々に、いっせいに振り返られる人生なんだ。

「モデルに間違われたり、スカウトされませんか?」
「よくある、未だに」
 未だにって昔からなんだ、納得する。

 現役モデルの横に立っても引けを取らない見た目だもんね。物心がついたときから自覚するよね。

「街中を歩いていると、しゅっちゅうスカウトされる。モデルの仕事には、まったく興味がない」

 獣医師になるための資質を、すべて備えて生まれてきたんだから、生涯獣医師でいてね。

「ベビーモデルをしていた」
 きっと目がクリクリしていたよね。それはそれは可愛かったことでしょう。

「驚かないのか?」
「意外じゃないので全然」
 そのときに、愛嬌たっぷり使い果たしちゃったとか?
 だから、今こんなにクールなのかな。

「悪かったな、無愛想で」
「いいえ、無愛想だなんて思ってません」
「愛嬌がないとは思っているんだろう?」
「そこは否定しませんけど」
「潔いな」

 というか、まさかの赤ちゃんモデル告白は驚いた。

 相変わらず抑揚がない口調だけれど、案外おもしろい人なのかも。
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