策略家がメロメロ甘々にしたのは強引クールなイケメン獣医師
 門構えといい、軒並みの屋敷町に引けを取らない。さすが豪邸の中の庭園だけある。

 どうして、この閑静な屋敷町に庭園なの?

 こういう屋敷町に、たまに美術館もあるくらいだから、庭園があってもおかしくないか。

「桜並木だ、ずっとずっと奥までつづいてる、よし入ろう」
 春に来たら、この桜並木きれいだろうな。

 満開の時期は桜の華やかな屋根が、青空を覆い隠すほど咲き誇るんだろうな。

 桜吹雪のあとは桜の絨毯だね。いいな、また、この街に連れて来てもらおう。

 もっと中へ歩いて行ったら、だんだん、香りが近くなってきた。

「あった、スイカズラ。ジャスミンに似た香りの正体は、あなただったのね」

 かわいいなあ。宝物を見つけて、吸い寄せられるように近寄った。

 辺り一面、どこまでもつづく広大な敷地に、甘い香りを放ち鼻腔をくすぐる。

「どこに隠れてるのかな、私が見つけた庭園を早く教えてあげたいのに」

 見渡す限り広がるのはスイカズラの花園。

「ここのは白と、わあ、もう黄色になってるのもある」

 静寂の中、ゆったりとした足音が近づいて来た。
「こら」

「ひとりで、どこかに行っちゃって。なにしてたんですか?」

「それは、こっちのセリフだ。勝手に手から離れて、ちょこまかするな」

「すみませんでした、それより見てください。この庭園、私が見つけたんです」

「よく手入れが行き届いた庭園だな」 

「ここも見てください。辺り一面、見渡す限りスイカズラのアーチの花園が、ずっとつづいてますよ」

「ああ、遥か彼方までつづいていそうだ」 

「こんなに大きな長いアーチは見たことない、くるくるスイカズラを絡ませて圧巻」

 いい香りを吸い込みたくて、両手を広げて深呼吸する。
「気持ちいい」

「そろそろ引き返さないか?」

「どうして、今来たばかりですよ。本当にスイカズラしか見ないんですか?」

 顎で合図をしてきたから、振り返ると目に入った看板には、“剪定中のため関係者以外立ち入りを禁ずる。頭上や足もとに注意”の文字が。

 ひやりとして、慌てて卯波先生を見た。

「見つからないうちに出よう」
 卯波先生が私の手をつなぎ、少し足早に歩き出す。

「どこに行くんですか?」
「いいから歩け」

「卯波先生、方向音痴、来た道と違います」
「方向音痴からは言われたくない、近道だ」

「もう近道を探し当てたんですか?」

「さっき桃が来た道は、剪定した枝や葉が散らばっていて、歩きにくくはなかったか?」

 そうかな、考えもしなかった。

「花に夢中で気にもならなかったか。枝に引っかかったり、つまずいて転ばなくてよかった」
 私だって、そこまでドジじゃない。

「ドジだ。桃なら、なりかねないから心配なんだ」
 また心を読まれた。
 
 私が来た道よりも、早く出口に到着した。
< 92 / 221 >

この作品をシェア

pagetop