迷彩服の恋人 【完全版】
「母さん、だからここ病院。それに、さっき姉ちゃんが言ってたじゃん。『急用で帰った』って。もういいんじゃない?気持ちだけあれば。〝通りすがりに困ってた人を助けるような人〟なら『お礼なんていいです』って言いそうだし…。」

朝也が母を(なだ)めているところに、受付のお姉さんが「望月さん、先ほどまで〝あなたに付き添われていた男性〟が『お礼はお構いなく。それよりも早く回復されますようにって伝えて下さい』って出ていかれる時におっしゃってましたよ。」と口添えしてくれた。

「ほら。」

受付のお姉さんと朝也…ナイス!

「分かったわよ…。」

「さ、父さんが家でヤキモキしながら待ってる…帰ろう。」

朝也がそう言ったタイミングで、先ほど診察してくれた先生が松葉杖を持って顔を出してくれた。

「望月さん、望月さん。お渡しするのを忘れてました、申し訳ありません。次回3日後の来院まで、ひとまず"コレ"をお使い下さい。貸出し用の物なので使っていただいて大丈夫です。次の診察の時に、もう少し使うか必要ないか…また検討しましょう。」

「はい、先生。ありがとうございます。」

こうして、朝也の運転で私たちは帰宅した。

「ただいま〜。」

「おかえり。都、大丈夫だったのか?」

「お父さん心配かけてごめんね。うん、捻挫だって。骨折はしてなかったよ。」

「そうか。」

「でもこの子ったら、〝助けていただいた方〟の名前聞きそびれたって言うんですよ。」

まだ言うの!?

「だって。急きょ帰っていかれたんだから仕方ないでしょ。名乗ってもらうタイミングでその方の〝上司さん〟から電話かかってきて呼び出された感じだったし…。」

「そうか。日曜に"上司に呼び出される仕事"っていうのは、"緊急性が高い"か"特殊な仕事"だよ。だいたいな。…まぁ、心の中で感謝しておけばいいんじゃないか。」

そんな話をしていると、私のスマホが鞄の中で振動し始める。

ヴー、ヴー、ヴー

誰だろう……あっ、お兄ちゃんか。

「もしもし、お兄ちゃん?どうしたの?」

{「どうしたの?って……都、ケガは大したことなかったのか?父さんから『都がケガしたらしい』って連絡来たからさ。」}

「あはは。お父さん、お兄ちゃんにまで連絡しちゃったんだね。」

私の目の前で、父はキマリが悪そうな顔をしている。

「まぁ、お兄ちゃんも〝美陽(みはる)義姉(ねえ)さん〟も看護師だから、意見聞けたら安心すると思ったのかも。……捻挫だったよ。」

兄の靖晴(やすはる)と義理の姉の美陽さんは、横浜市内の…〔救急患者も多く搬送されてくるような大きな病院〕で看護師をしている。

{「捻挫か。骨折しなかったなら…よかったな。今日は入浴控えとけよ…ドクターから指示あったと思うけど。」}

「うん。ありがとね、お兄ちゃん。」

{「あぁ。」}

{「都ちゃん、大丈夫そうだって?〝(やす)くん〟…。}」

{「うん、捻挫の診断だったらしい。」}

お兄ちゃんのさらに後ろでお義姉(ねえ)さんの声がする。

「美陽お義姉(ねえ)さん、ご心配をおかけしました。お気遣いありがとうございます。」

{「都ちゃん、大変だったね。捻挫か…。ひとまず、できるだけ安静にね。…ちなみに、ケガした時は誰かが助けてくれたの?」}

「はい、〝通りすがりの男性〟が…。病院まで付き添ってくれました。」

{「えっ、病院まで付き添ってくれたなんて…すごく親切な人だね。やっぱり、都ちゃん…日頃の行いが良いからね!神様が見てくれてたんだよ。」}

そんな話をしていると、姪の〝陽那(ひな)ちゃん〟がグズり出したので…それを合図に通話を終了させた。


そして、その後は明日からの業務の相談をするのに〝課長〟と〝主任〟に電話して、夕食を取って……。

2階の自分の部屋ではなく、1階の客間で寝るように言われたので…素直にそれに従った。
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