仮面夫婦のはずが、怜悧な外科医は政略妻への独占愛を容赦しない


 そんな小さい頃から知る杏と結婚の話がでて、正直驚いた。杏の父は、この界隈では有名な名医で、大知は昔から尊敬している。拓郎はそんな明の娘である杏に目をつけた。体裁第一の、拓郎の考えそうなことだと思った。

 大知は三十を過ぎてから、拓郎から早く結婚しろとせっつかれていて、杏と結婚するまで何人もの女性を勧められた。けれど、どんな令嬢やいいところの御嬢さんを紹介されても、まったく気が乗らず、拓郎をやきもきさせていた。

『どうしてあのお嬢さんじゃダメなんだ。あの、三井製薬の娘さんだぞ?』
『無理なものは無理だ。それに、結婚なんてするつもりはない』

 結婚にまったく価値を感じないし、一生一人で生きていける。そもそも女性を真剣に好きなったことがなかった大知にとって、結婚は向いていないと考えていた。

 拓郎もめげず、女性の見合い写真を持ってきては、大知に結婚を勧めた。だが大知は、それすら開かなかった。

 だから拓郎から、杏に見合いを打診したと聞かされたときは、普段感情の動きが少ない大知も、この時ばかりは心が動いた。

『大知さんこんにちは』

 昔よく声をかけてくれたように、あの声で、笑顔で毎日隣にいてくれたら……。なぜか瞬時にそんな想像をしてしまっていたのだ。

(俺はもしかして、杏に惹かれていたのか?)

 恋や愛を自覚するような決定的なものはない。年々降り積もった感情が、ゆっくり開花する。そんな感覚に似ていた。

 だが年だって九歳も違うし、なにせ大知は不愛想で口下手。受けてもらえるはずがないと思っていたが、明からの回答は「ぜひ、お受けさせていただきます」というものだった。


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