仮面夫婦のはずが、怜悧な外科医は政略妻への独占愛を容赦しない
 

 突き付けられた途端、なぜか胃のあたりに、ひゅっと冷たい風が走ったような気がした。

「私の欄は記入済みですので」

(こんなものまで準備して。よほど俺と離れたいんだな)

 何も知らなかった自分が滑稽すぎて、自嘲気味な笑みがこぼれる。仕事にカマかけ、あぐらをかいていた大知に、杏は呆れているのだろう。いや、完全に愛想をつかされてしまったらしい。

「そうか。わかった。今日はもう休むよ」

 それだけ告げると大知は自室へと籠った。

 握りしめられた離婚届けが、手の中でくしゃっと乱れる音がした。


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