選ばれし者

イネは人身御供になるのか

選ばれし者 1

 時は室町時代、滋賀から京都を流れる宇治川がある。
 この周辺に住む村人は毎年のように宇治川が氾濫し大きな被害が続いていた。困った村の長(おさ)は、村の住民を呼んで集会を開いた。そんな中とんでもない事を言いだした。
「皆の衆、良く聞け。この宇治川の水で米や作物など作る事が出来る。また多くの荷物も舟で都まで運ぶ事も出来る。村人や農家になくてはならない大事な川だ。我が村には生きて行く上で欠かせない川だ。だが水害で毎年のように、氾濫で何十人も命を落としている。これは宇治川の神様が怒っているからだと占い師様から御告げがあったのじゃ」
「神様が怒っている? 何処の占い師がそんな事を言ったのじゃ。で、どうしろと言うんだ」
「その神様の怒りを鎮めるには、なんでも人身御供が必要だと言うておる」
「それって生け贄って事じゃろう。村の誰を差し出せというのじゃ」
「若い娘が良いそうだ。それも生娘でないと駄目だそうだ。毎年のように何十人も亡くなっているんだ。それを考えたら一人で済むじゃないか」
「馬鹿な、人を救う神様が生贄を差し出せとは理不尽じゃないか、そんな神様は神ではない。神様なら見返りを求めず我々を助けるべきだ。だから我々も沢山のお供えをして来たのに。娘を差し出せとは許せない」

 そうだそうだと、その話を聞いて村の衆が怒りだした。誰が村の大事な娘を差し出すというのか。
「だったら長の娘を出せば良いだろうが三人もいるんだから一人くらいいいだろう」
 村の衆はそうだそうだと更に騒ぎだした。だが流石は長(おさ)村の衆の怒りに動じない。
「何もタダで差し出せと言ってはおらん。差し出した者は三年間年貢米を納めてなくて良い。他に二十両と一年分の米を提供しよう」
 村の衆はその話を聞いて黙った。ここんとこ何年も水害に合い誰も生活が苦しかった。なかには飯もろくに食えず餓死した者も居る。確かに美味しい話ではあるが可愛い我が娘を生贄にするなんて酷な事だ。
「まぁ良く検討して返事をくれればいい。但し早い者勝ちだ。待っているぞ」
 この早い者勝ちは効いた。人は早い者勝ちと言われれば反応してしまう。もはや反対より早くこの良い条件を飲んだ方が勝ちだ。村の衆は家族で相談すると帰って行った。

 そして茂助の家でも家族会議が開かれた。茂助の家族は息子二人に娘一人、それに年老いた母がいるが妻は餓死している。話は全員が村の集会に出て話を聞いている。息子の二人は貞助二十一歳と助造十九歳そして娘のイネは十六歳で今回の生贄の対象者である。すると茂助の母、タネが言った。
「まさか、おめぇイネを差し出そうなんて考えてんじゃないだろうな」
 そうだと言えない茂助は何も言えず黙って下を向いた。それを察した二人の息子が文句を言った。
「とうちゃん馬鹿な事を考えないで。いくら困ってもイネは大事な家族であり可愛い妹だ。そんな事が出来る訳がない」
「言われなくても分っている。じゃけんお前たちの母ちゃんだって栄養失調で亡くなっているじゃないか。これ以上病人が出たら一家は滅びる。不作で俺達が喰う飯もなくて、芋粥の毎日だ。もはやどうにもならねぇ」
 暫く黙って聞いていたイネが言った。 
「うち、で役立ちならうちが行く、それで借金も返せるし年貢米を納めなくて済む、こんないい話ないじゃないか」
「ばかを言うでない。ならば婆ちゃんが行く、それで良かろうが」
「婆ちゃんの気持ちは嬉しいが若い生娘でないと駄目だってさ」
「そんなのおかしいって、誰が考え出したんだ。きっとスケベな代官に決まっている」

 一番幼いお前を犠牲にして生きて行けるわけがないと。そう言うが打開策が見つからない。このままなら本当に一家がみんな死んでしまう。結局は誰も何も言えなくなった。早い者勝ちと言っている、決断が遅れれば、誰かが選ばれ全てが終りだ。家族は何も言わなくなったがイネは決心した。覚悟を決めたイネは家を飛び出し村の長の所へ駆け込んだ。みんなは泣きながらも止める事が出来なかった。そしてイネは村の長、宝次郎の家の戸を開けた。

つづく
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